行商人
事件解決から二日後の朝。
エレナ、アストラ、ユーティスの三名は、イスト城へ突然、呼ばれた。彼らは玉座の間にて、スコルディーより、今回の働きに対する褒美をもらっていた。
三人とも、小袋に入った金貨を渡されたのだが、エレナとアストラの二人は、見たことのない量の金貨に、奇声を上げ両手をぶるぶる震わせていた。誤ってそこらじゅうに撒き散らさないか心配である。
それから、せっかくお金をもらったのだし、ちょっと買い物しようという話になり、三人は王国中央に位置するギルド街を目指した。
大きな袋を背負ったエレナは、小走りで先陣をきっている。
「アストラー! ユーティスさーん! 早く行きましょう!」
数メートル先で振り向き、大声で右手を振る。
軽やかに坂を下る姿からは、うきうきした気分がうかがえた。
そんなエレナを男二人が、早歩きで追いかけている。
「おい、エレナ! そんなに走るとすっ転ぶぞっ! 全く、あんなにはしゃいじまって。まるでガキみてぇだな!」
アストラが遠くに叫んでから、ため息混じりに言った。だが、きつい口調とは裏腹に、その眼差しはとても優しい。ユーティスは彼の横でしごく穏やかに笑った。
「そこがエレナさんの、可愛いところなのではありませんか?」
「可愛っ!? そんな話、してねぇだろ! お前、よく恥ずかしげもなく、そういうこと言えるなぁ! 心の底から尊敬するぜ!」
「はい。ありがとうございます」
「誉めてねぇし!!」
アストラは皮肉のつもりで言ったのだが、ユーティスには通用しなかったらしい。
キザなことばっかり言うなよ、という牽制を込めた言葉は、見当違いの方向で解釈された。
アストラは何度かユーティスと二人で行動しているが、時々会話の中でこういうズレが生じる。彼は言葉の表面をそのまま受け取るのだ。遠回しな言い方は往々にして伝わらないことが多い。
こいつ大賢者のくせに、もしかして天然か?
アストラは常々、頭の奥で首をかしげていた。
大通りに着くと、ギルドは賑わいを見せていた。店は全て開き、明るい客引きの声が飛び交っている。
『神隠し』の事件解決の知らせが届き、皆やっと働く意欲を取り戻したのだろう。
彼らの目は安心の名の下に、生き生きと輝いていた。
三人はあちこちの店を見て回った。どこもかしこも、たくさんの商品で溢れており、眺めているだけで楽しくなる。その上ギルドだけでなく、行商人たちも道端に店を広げていた。お金さえあれば、どれでも選びたい放題だ。
「わ! 格好いいじゃん、これ!」
そんな中、アストラが一人足を止めた。釘付けとなったのは、行商人が並べていた黒緑の鎧である。何かの生き物の皮なのだろうか。日の当たり具合によって色が緑、黒、虹色に見える。重さは羽のように軽いわりに物凄く固い。
これは買いだな、と思ってアストラは値段を確認した。
が、想像しているよりも、値段の桁が一つ多い。このままでは、もらった金貨が半分以上吹っ飛んでしまう。
堅実なアストラは、目の前に居る商人に交渉をしかけた。
「なぁ、おっさん。この鎧、もうちょっと安くならねぇかな?」
商人は頭にターバンを巻いていた。彼の背はエレナと同じくらいと低く、体型は非常にぽっちゃりしている。絹の白シャツに薄茶色のベストとズボンを履いており、背中には馬鹿でかい袋をしょっていた。
商人はふさふさの茶色い眉をぴくりと動かし、糸のように細い目でアストラの身なりをちらと見てから、問いに答えた。
「お客さん、それは無理ですよ。これは希少な素材──今は滅びたとされる、竜の鱗で作られた鎧なんです。だから防御力も価値も高いんですよ。お安くなど出来るはずがありません」
「そこを何とか頼むよ、おっさん! おれ、どうしてもこれが欲しいんだよ!」
「おいら、値引きはしない主義です。お金が足りないなら他を当たってください。あなたにぴったりの物が、その辺で見つかるでしょう」
商人は冷たくプイッと顔を背け、取り合わなかった。その態度にアストラはかちんときてしまった。
「何だよ! そんな言い方ねぇだろ! この頑固おやじ!」
「な!? 頑固おやじとは何ですか! あなた失敬ですよ!」
「ちょっと! アストラ、どうかしたの?」
喧嘩腰の声を聞きつけ、先を歩いていたエレナとユーティスが、慌てて駆け寄る。
「どうしたもこうしたもねぇよ! このおっさん、全然話にならねぇんだ!」
「お兄さんが無茶言うからでしょ! おいらは何も悪いことしてないですよ!」
怒る商人の顔をまじまじと見て、突然ユーティスは大きな声を上げた。
「あなたは! ヘルメさんではないですか!」
「ん? ……おお! 大賢者様じゃないですか! いや~お久しぶりです!」
ヘルメと呼ばれた中年の男は眉を下げ、極上の愛想笑いを浮かべた。アストラへの対応と全然違う。
「ユーティス。お前、このけち臭いおっさんと知り合いなのか?」
「けち臭いとは酷いですね」
アストラは、眉間にしわを寄せる商人を親指で指して聞く。ユーティスは笑顔でうなずいた。
「ええ。この殿方はヘルメさん。行商人のお仕事をされております。また、以前私を取材し、伝記を書かれたお方でもあります」
【お知らせ】
本作のシリーズ作【大賢者の回顧録 ~魔王との決戦~】を投稿しました。
知られざる決戦の裏側をお楽しみください。(あちらはR15です。ご注意くださいませ)