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光の花

──「うめぇな、これ!」


 アストラはふかふかの椅子に座り、香ばしく焼かれた骨付き肉に、真剣に食らいついている。



「もう! アストラ! いい加減食べすぎだよ! ちょっと遠慮しないと!」


 エレナは見かねて注意する。彼の前には大量の皿が重ねられていた。



「はっはっは! 構いませんよ。うちの若い奴もそれくらい食べますから」


 ゼクターは黒のベストとベージュのズボンに身を包み、楽しそうに笑っている。つけ上がるから、甘やかさないで欲しいなと、エレナは内心ため息をついた。



 現在、エレナたち三人は、ゼクターの屋敷の応接室で食事をしている。


 広々とした部屋の白い壁には、可憐な花や風景の絵が飾られており、木目調の家具が整然と並べ置かれている。


 淡い水色のテーブルクロスが敷かれた長机には、アストラ、エレナ、ユーティスが横並びに座っていた。向かいには、サーラ、ソフィア、ゼクターが居る。



 イスト王国の東側にある、魔法使い専用の居住区。魔法団の長であるゼクターは、その一番見晴らしのいい場所に屋敷を構えている。


 地位が高いだけあって、家には何人もの従者が忙しく働いていた。部屋も宿屋とは比べ物にならないほど、豪華で芸術的だった。玄関を開けてすぐ、アストラの驚いた声が響き渡ったのは言うまでもない。


 食事は応接室の横にある台所から、出来立てが素早く運ばれてくる。危険なほど熱々だ。


 骨付き肉、ゆで野菜のサラダ、ふわふわのパン、オムレツ、ドーナツなど、見たことのないごちそうが、エレナを飛び上がらせた。



 皆、愛らしい天使に祝いの言葉を述べ、六名は食卓を囲み、お喋りを楽しんだ。


 本日の主役であるソフィアは、大好きな父の横で、今日あったこと(主にエレナとガイラの魔法勝負について)を興奮した様子で話した。



 そしてデザートを食べ終えた頃、ゼクターがおもむろにソフィアの方を向いた。


「ソフィア。すまない。お前に今日、花をプレゼントしようと思っていたのだが、色々あってすっかり忘れてしまっていた」


「あ。そうだったんだー」


「まあ。お父さんたら、おっちょこちょいね」


 サーラはソフィアの隣で、彼をからかう。ゼクターは申し訳なさそうに眉を下げ、頭を掻いた。



「でも無事で本当に良かったわ。エレナさん。この人を助けてくれて、本当にありがとう」


 サーラはエレナに深々と礼をした。ソフィアもありがとう! と言い、母の真似をしてぺこっと頭を下げる。エレナは照れ笑いを浮かべた。



 するとユーティスが、何かひらめいた顔をしてから、ゼクターに問いかけた。



「ソフィアさんは、花がお好きなのですか?」


「ええ。そうなのです。一度、城の庭園を案内した時などは、色とりどりの花に大喜びしましてね」


 ゼクターはその当時を思い出したのか、穏やかな表情になった。



「そうですか。それでしたら一つ、いいものをお見せしましょう。皆さん、外に出てください」



 そう言うと、ユーティスは杖を手に部屋を出ていってしまった。


 エレナは不思議に思いながら、その後を付いていった。



 ユーティスとその他の者たちは、緑豊かな広場に着いた。



 暗がりに虫の鳴き声だけが聞こえてくる。とても涼しくて気持ちが良い。



「ねぇねぇ、だいけんじゃさま。なにをみせてくれるの?」


 ソフィアがわくわくした瞳で聞いた。



「では、よーく見ていてくださいね」



 ユーティスが静かに呪文を唱える。すると、杖の先から、光のつぶが生まれた。


 赤・青・黄・緑の、小さな光の玉があちこちにに飛び、草木や地面にくっついた。



 まるでたくさんの輝く花が、広場一面に咲いているかのようだ。


「わぁーー! きれーーーっ! おはなばたけみたい! だいけんじゃさま、ありがとう!!」



 ソフィアはぴょんぴょん跳ね回って喜んでいる。なんて無邪気で可愛いのだろう。皆は彼女の姿を、しばし温かく見守っていた。



 ソフィア、とっても嬉しそう。ユーティスさん、本当に優しいなぁ。



 エレナは彼の気遣いに、心がぽかぽかしていた。思いやりにあふれた顔が隣にある。エレナの鼓動は速くなっていった。



「博識の魔法使い殿。娘のために素晴らしい魔法をありがとうございます」


 ゼクターはユーティスに礼をし、我が子に近付いた。



「本当に綺麗だな、ソフィア。最高の誕生日プレゼントだ」


 彼は口角を上げ、穏和な声をかける。その後ろでサーラは、微笑みながら二人を見つめている。


 ソフィアはうん! そうだね! とうなずいて、父の左手を握った。



「わたしにもっと魔法の才能があったら、お前に素敵なプレゼントを贈ってやれたのにな……」



 ゼクターは光を眺め、悲しげに呟いた。ふがいない自分を責めているような口振りだ。ソフィアはきょとんとゼクターを見つめ、彼の左手をぐいぐい引っ張った。



「ねぇねぇ、おとうさん」


「ん? 何だ?」


「わたし、おとうさんから、ちゃんとプレゼントもらったよ?」


「え?」


「だってきょう、たくさんたくさん、いっしょにいられたもん!」



 ソフィアはとろけるような笑顔で、ゼクターの手を両手にきゅっと挟んだ。



「『おとうさんとのじかん』が、わたしにはいちばんの、たんじょうびプレゼントだよ!」


「ソフィア……」



 ゼクターが破顔する。その両目には嬉し涙が滲んでいた。彼はしゃがんでソフィアと視線を合わせる。



「いつも仕事ばかりで、淋しい想いをさせてごめんな。だがお父さんはお前のこと、何よりも、大切に思ってる」


「…………うん! しってる!」


 ソフィアはにこにこして、エレナをちらっと見た。お姉ちゃんの言う通りだったよ、とでも言いたげに。



 ゼクターはソフィアをぎゅっと抱き締め、サーラは二人を抱き締めた。そして彼らは優しく言った。



「お誕生日おめでとう、ソフィア」


「私たちのところに生まれてきてくれて、本当にありがとう」


「うん! おとうさん、おかあさん、だいすき!」



 ソフィアは頬を赤らめ、ふにゃっと笑って両親にくるまれている。


 彼女の姿は幸福そのものだ。



 想い合いながらも、すれ違う毎日。


 だけど互いを大切にする気持ちは同じで。


 心のこもった言葉と触れ合いは、会えない時間や淋しさを、嘘みたいに埋めていく。



 そう。まるで魔法のように。




 光の花咲く美しい広場にて。


 親子三人の愛おしく心暖まる時間が、ゆるやかに流れている。


 エレナもアストラもユーティスも、その慈しみあふれる光景にじっと見とれていた。



 もしかしたら『愛』とは、好きな人の想いにそっと、寄り添うことなのかもしれない。



 エレナはソフィアたちを柔らかく見つめながら、ふとそんなことを考えていたのだった。

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