ただいま
毒に蝕まれた木々を焼き払ってから。
ユーティスは水魔法で林を消火した。迅速な判断と対応をしたため、どうやら被害は最小限で済んだようだ。
そうしてイスト王国の者たちを震撼させた、『神隠し』の事件は解決した。
疲れ果てた皆が町へ戻った時、空には綺麗な月が浮かんでいた。王女は兵士を引き連れ、先に城へと帰っていった。
「エレナ!」
イスト王国の城門をくぐるなり、アストラが血相を変えてエレナに駆け寄ってきた。
「アストラ! ただいま!」
「ただいま、じゃねぇよ! お前、大丈夫だったのか!?」
「うん! 何とかね! 魔力はごっそり取られたけど、けがはそんなにしてないよ!」
「そうか。ならいいけどよ……。こっちも色々、大変だったんだぜ!」
「え? どうして?」
「町に魔物が現れたんだ! しかも数がバカみてぇに多くてよ! 王国の奴らや、おれとユーティスで退治したんだけど、ほんと苦労したぜ! 町の中だから魔法使いも派手なことは出来ねぇし、敵はすばしっこい奴らで逃げ回りやがるし! 倒すのに時間がかかるったらありゃしねぇ!」
アストラは相当苛々したのだろう。話しながら眉間に深い割れ目を作っている。一通り早口で不満をぶちまけてから、彼はすまなさそうな顔をして、エレナを見た。
「助けに行けなくて、悪かったな」
その言葉に、アストラは己を酷く責めている、と感じた。だがエレナは彼に文句を言うつもりなど、一ミリもない。アストラとて遊んでいたわけではないのだ。恐らく突然の魔物の襲来を、黙って見過ごしてはおれなかったのだろう。いつも、『何でおれが』とか『面倒臭い』とか言いながら、実は正義感の強い男なのだ。
「そんなの、いいよ! 気にしないで! 私の方は、自分でどうにかなったから!」
手のひらを横に振って元気よく笑うと、アストラは安堵したような悔しいような複雑な面持ちをした。
「エレナおねーちゃーん!」
幼い声が聞こえた方を見る。そこには愛くるしい少女と、その母親らしき人物が居た。
「ソフィア!」
エレナが屈むと、ソフィアは思い切り抱きついてきた。
「よかった! エレナおねえちゃん、ぶじだったんだね!」
存在を確かめるように、一生懸命しがみつくソフィア。
エレナはとても嬉しくなって、彼女をぎゅっと抱き締めた。
「心配かけてごめんね。ありがとう」
そこへゼクターと王国魔法団の面々が、ぞろぞろとやって来た。
「あ! おとうさん! おかえりなさい!」
ソフィアは彼に気付くなり、赤いほっぺを緩ませ、ものすごい速さで突進していく。ゼクターはすぐに彼女を長い腕で包み込んだ。
「ただいま。ソフィア」
彼は目尻を下げ、その小さな背中を優しく撫でた。
「おとうさん! しごと、もうおわったの?」
つぶらな瞳を上に向けて、彼女は尋ねる。
「いや……まだ城へ報告に向かわなければならない」
「そうなんだ」
ソフィアはうつむき、しょんぼりする。そこにオレンジ髪のジェイクが、横からひょっこり顔を出した。
「あー、団長! 女王様には俺らがばっちり報告しとくんで、先に休んでくださいっす!」
「だが」
「今日は特別な日っすよね? いっぱいソフィアちゃんをお祝いしてあげてください! あと、ちょっといいっすか?」
そう断って、ジェイクはゼクターの腕を引っ張っていき、小声で喋った。
「あの、出来れば杖でぶん殴った件は、これで帳消しにして欲しいんすけど」
「っ! 気付いていたのか?」
「はい。俺の杖に血がついてたし、団長も頭をけがしてたんで。ほんとあの時は勝手に突っ走って、申し訳なかったっす。てなわけで! 団長は心置きなく家に帰ってください! 罪滅ぼしに俺が仕事全部やっつけとくんで!」
ちゃっかりしているが、気のいい男である。ゼクターは、仕方のない奴だと笑って、うなずいた。
「分かった。よろしく頼む」
「はい! 任せてください! じゃあ、団長! 皆さん! お疲れ様っす!」
ジェイクは手をぶんぶん振り、他の魔法団の者たちと城へ歩いていった。
彼らを見送ってから、エレナは団長へ話しかけた。
「あの、ゼクターさん」
「はい。何か?」
「ソフィアのお誕生日、私もお祝いしていいですか?」
「もちろん。ぜひご一緒してください。構わないな、サーラ?」
ゼクターは落ち着いた雰囲気の女──妻のサーラに目をやった。薄紫の清楚なワンピースを着た彼女は、長くまっすぐな茶髪を揺らし、大きな目を三日月の形にして答えた。
「ええ。ソフィアから話は聞いてます。エレナさんにお祝いしてもらえたら、この子もとても喜ぶと思います」
「博識の魔法使い殿と剣士殿も、良ければうちにいらしてください」
「え? おれたちも?」
「ゼクター殿。よろしいのですか?」
「ええ。貴方たちのお陰で、この町は守られました。そのお礼をしたいのです」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて、お邪魔いたします」
ユーティスはにっこり笑ってお辞儀した。
その横顔にエレナはどきっとしたが、慣れろ私の心臓! 頑張れ! と言い聞かせた。
「さぁ、ソフィア。うちに帰ろう」
ゼクターは右手を差しのべる。ソフィアは満面の笑みで父親の手を掴んだ。彼女の反対側の手は、母親であるサーラが握る。
「うん! おうちにかえろう!」
ギルドが並ぶ大通りを歩く六人。
エレナは仲良く前を行く、三人の親子の背中を、ひっそりと眺めた。
私も昔、ああやってお父さんお母さんに、手を繋いでもらったっけ。
思い出せば切なさに胸が締め付けられた。
いつでも帰れる場所がある。ただいまと言える家族が居る。それがどんなに嬉しくて心休まるかを、エレナはよく知っていた。
ソフィアの大切な人を守れて、私、本当に良かった。
月明かりの照らす中、エレナは彼らの幸せを感じ、温かい気持ちでいっぱいになるのであった。




