消えた二人
広場を抜けようとした時だった。
二人の前に、白黒のメイド服を着た、若い女の従者が現れた。
「魔法使い様。少々よろしいですか?」
「あなたは?」
エレナはソフィアを後ろに隠し、身構えた。残念ながら、彼女に従者の知り合いは居ない。
もしかしたら不審者かもしれないと、エレナは警戒の色をはっきりと示した。
「私はガイラ殿下の従者でございます。あのお方が、あなたにどうしても面会したいと希望されておりまして。どうか私にご同行願います」
「へ? 王女様が? いや、それはちょっと」
「あなたを連れてこないと、私が酷い目に遭うのです。さあ、さあ、早くお願いします!」
エレナは訳もわからぬまま、ソフィアと二人、従者にぐいぐいと背中を押された。
そうしてたどり着いた、イスト城西側、魔法訓練地区。
だだっ広い砂地で、ガイラは待っていた。眉間にしわを寄せ、人差し指で巻き髪をいじっている。
「あの! 私に一体、何の用ですか?」
従者に連れて来られたエレナは、驚き半分怒り半分で問う。ガイラはふんぞり返って言った。
「あなた。このあたくしと勝負しなさい!」
「え?」
「どちらがユーティス様にふさわしいか、魔法で勝負いたしましょう! もし万が一あなたが勝ったら、旅に付いて行くのを認めてさしあげますわ! けれど、もしあなたが負けたら、大人しく身をお引きなさい! あたくしがあなたの代わりに、ユーティス様の旅に同行いたしますわ!」
この短時間で、何をどうしたら、そんな思考になるのか。
王女、無茶苦茶すぎる、とエレナは呆れて半目になった。
「ねぇねぇ。『ユーティスさま』って『だいけんじゃさま』のこと?」
ソフィアがエレナの服を軽く引っ張り、尋ねてくる。無邪気に首をかしげる姿が、また愛らしい。
「そうそう! ものすごく強くて優しいんだよ! 今、私と一緒に旅してるの!」
「へー、そうなんだ! 『だいけんじゃさま』とたびできるなんて、エレナおねえちゃん、すごいんだね!」
「ちょっと、あなたたち! あたくしの話を聞いてるの!?」
ガイラはきつい目をして金切り声を上げる。エレナは冷めた口調で彼女に告げた。
「何で私がそんなことしなきゃならないんですか? 勝負なんて、受ける義務はありません。もう帰ります」
エレナはガイラに背を向け、ソフィアと訓練地区を出ようとする。
「あら。逃げるんですの?」
エレナの歩みが止まる。ガイラは鼻で笑いながら挑発した。
「信じられないくらい、情けない人ね! 負けると分かってるからって、勝負すらしないなんて! これだから平民は嫌いですのよ! お優しいユーティス様も、さぞ困ってらっしゃるでしょうね? 足手まといの田舎娘を、毎日連れ歩かなきゃならないんですもの! 本当にお気の毒! 心中お察しいたしますわ!」
ぷつん、と。
堪忍袋の緒が鮮やかに切れる音がした。
エレナは高速で振り返り、怒りのままに王女へまくし立てる。
「ああそうですか! 分かりましたよ! その勝負、受けて立ちましょう! その代わり、負けても不敬罪で訴えないでくださいね!」
「望むところですわ! やれるものならやってご覧なさいな!」
全力で睨み合う二人。火花がバチバチと散っている。ソフィアは、おねえちゃんたち、こわい、と涙目でつぶやいた。
「では、勝負のやり方を説明しますわ! あそこに練習用の的がありますの! あれにどれだけ正確に光魔法を当てられるか競いましょう?」
見ると、三十メートル先に、円の形をした的が等間隔に五つ、並べ置かれている。
「まずあたくしからやりますわ。驚かないでくださいね」
そう言うと、ガイラは控えていた従者から杖を受け取り、構えた。
そして魔法を唱え、見事、的のど真ん中を撃ち抜いた。
「どう? あなたに出来るかしら?」
口の片端を上げ、ガイラは聞いた。馬鹿にしている。エレナは、この人には絶対負けない! と思って、魔法を放った。
すると、彼女の撃った光魔法は、的を射抜くどころか、五つの的全てを粉々に破壊してしまった。
「えぇえええええええっ!? そんな!? 嘘でしょ!?」
王女は上品な顔をこれでもかと引きつらせ、腰を抜かしてしまっている。心の底からいい気味である。
「えっと。誰が負けるって言いました?」
エレナはガイラに近づき、自分に出せるだけの意地悪感を、存分に出して言った。
ガイラは杖を握り締め、歯噛みしている。
エレナは王女に厳しい視線を送り、もの申した。
「力を持てるかどうかは、才能と頑張り次第です。王女とか平民とか、身分なんて関係ありません。そんなくだらない考えで人を見下すのはやめてください。ユーティスさんと旅に出るのは私です。足手まといかもしれないけど、あなたよりは絶対、役に立ってみせます。もう迷惑なので、今後一切、あの人に近付かないでください。──さあ、行こう。ソフィア」
彼女はソフィアの手を引き、その場から足早に去ろうとした。
するとガイラは慌てて立ち上がり、兵士を呼ぶ。
「ちょっと! この女を捕まえてちょうだい! あたくしに無礼を働きましたのよ! こんな屈辱、耐えられませんわ!」
ガイラは杖を落とし、両手で顔を覆った。またもや嘘泣きである。王女の声を聞きつけて、近くに居た兵士たちがエレナとソフィアを取り囲んだ。
わ。これちょっと、まずいんじゃないかな?
エレナは焦った。捕まったら牢屋にぶちこまれてしまう。最悪、重い罪に問われるかもしれない。
逃げた方がいいのか、大人しく捕まった方がいいのか。
迷っていたその時、彼女の足元に大きな影がやって来た。
「サガシモノ、見ツケタ」
気味の悪い声がして、影から魔物が現れた。人間と同じくらいの背丈の、黒いどろどろした液体。それが赤い目をぎらつかせて、エレナの足に絡み付いた。
「おねえちゃん、逃げて!」
ソフィアが叫ぶ!
エレナはすぐに魔法を使おうとしたが間に合わず、魔物に飲み込まれた。
「いやぁああああああああ!」
そしてガイラも同様に捕らえられ、忽然と姿を消してしまった。
兵士たちは剣を抜き飛びかかるが、魔物はすぐさま地面に潜り、その場から居なくなってしまった。
「『かみかくし』だ」
ぽつりと言ったソフィアが、震えながらしゃがみ込んだ。
彼女たちは一体、どこへ行ってしまったのか。
二人が消えた訓練地区は、不安と恐怖に支配され、不気味なほど重く静まり返っていたのだった。




