天才
「申し訳ありませんが、それは無理です」
数秒間の沈黙の後、男は困った顔をして言った。
「え? どうしてですか?」
エレナはあからさまにがっかりして聞き返す。
「どうしても何も、私はあなたの名前すら知らないのですが」
「あ! ごめんなさい! 紹介が遅れました! 私はエレナといいます!魔法使いになりたくて、修行してます!」
「私の名はメルフ。旅する魔法使いです」
彼は丁寧にお辞儀をしてから、真面目な表情になった。
「さて、エレナさん。せっかくの申し出は嬉しいのですが、あいにく私は様々な仕事を抱える身。今は弟子を取れる状況にはありません。ですので申し訳ないのですが、その件は他の方にご依頼されてください」
メルフはゆっくりと諭すように述べた。所作といい話し方といい、彼は気品に溢れている。やはり高位の人間なのだろうか。素性がとても気になる。
弟子入りをすぐさま断られてしまったが、そこで「はいそうですか」と簡単に引き下がるエレナではない。どうにか説得できないかと思い、彼女は身を乗り出して口を開いた。その矢先、たくさんの人々がわっと駆け寄って来て、メルフの周りを取り囲んだ。
「お兄さん、助けてくれてありがとう!」
「さっきの戦い、見てたぜ!お前さん、強いんだなぁ!」
「まほう、すげーかっこよかったー!」
「あんた、いい男だねぇ! わたしゃ惚れちまいそうだよ!」
どうやら逃げそびれた村人たちが、この近くに潜んでいたらしい。彼らのあまりの勢いに、エレナとリリーは人混みの外へ追いやられてしまった。皆が我先にとメルフへ話しかける中、年老いた村長が一歩前に歩み出て、深々と腰を折り曲げた。つるりとしたハゲ頭が、今日もピカッと太陽の光を跳ね返している。
「強き魔法使いのお方。魔物を倒してくださり、本当にありがとうございます。お陰で村の者たちは救われました。ぜひとも我が家にて、おもてなしをさせてください」
「いえ、そんな。礼には及びません」
「まあまあ、遠慮なさらずに。さあ行きましょう。誰か、逃げた者たちを呼び戻してきておくれ。皆で宴の準備をしよう」
「おう! やろうやろう!」
村長や村人たちは、断るメルフを半ば強引に引っ張っていってしまった。
孤児院付近は嵐が去った後のごとく静かになり、エレナとリリーだけが、ぽつんとそこに立っている。
地面にはまだ、先ほどの戦いで生まれた水溜まりがいくつも残されていた。改めて周りの様子ををうかがうと、家や木々を包んでいた炎はもうどこにも無い。
メルフさんは、さっきの魔物を倒すついでに、この辺りの火事も消したんだ。被害をこれ以上、広げないために。
自分なんかとは格が違いすぎる。あれこそが理想の魔法使いの姿だ。エレナは肌が粟立つのを感じた。
「さっきのまほう、大きくてきれいで、びっくりしたね」
リリーは思い出したように呟いた。怖い思いをしたが、だいぶ落ち着いたようである。
「うん。メルフさんはきっと、ただ者じゃない。あの人に魔法を教えてもらったら、私、絶対強くなれると思う」
遠くを眺めると、数分前の戦いの景色が脳裏に甦る。
彼の力を目の当たりにした時、エレナは息をするのも忘れた。敵の特性を瞬時に分析する頭脳。上級魔法をいとも簡単に操る技量。一目見てすぐに、天才だと解った。
「でも、あのお兄さん、弟子はとらないって言ってたよ。どうするつもりなの?」
エレナを見上げ、リリーは心配そうに聞いてくる。赤毛の少女はにこっと笑って彼女の頭を撫でた。
「大丈夫! 必ず何とかするから! とにかく私たちも、村長さんの所に行ってみよう」
二人はうなずき合い、駆け足で皆の後を追った。