幼き天使
──同じ頃、王国の城下町にて。
たくさんの宿屋を回った三人は、戸を開けてくれた気の良さそうな店主に頼み込み、泊まる部屋を確保した。
背中の荷物を置いたユーティスは、町の警護のお手伝いをすると告げ、颯爽と出かけていった。
アストラは一眠りすると言って、部屋にこもっている。
エレナはというと、二階の部屋で一人、悩んでいた。彼女は帽子を脱ぎ、荷物と杖を部屋の端っこに置いて、どさっと柔らかいベッドに横たわった。
「あー! もう、どうしたらいいんだろう!」
あの嫌味な王女との一件があってから、エレナはユーティスを見ると、やたらどぎまぎしていた。彼の一挙一動に心臓が反応し、まともに顔を合わせられない。この感情とどう付き合えばいいのか、エレナには皆目見当もつかなかった。
だが、これからも一緒に旅をするのだから、こんな状態ではいけない。何とかしなければ。
もうこれは、慣れるしかない。頑張ろう。あえてユーティスさんを見よう。大丈夫。笑顔を見ても大丈夫だ。笑顔……。
すると、ぱっと頭に、くしゃりと笑うユーティスが浮かんだ。
わーーー!! だめだめだめ!! 思い出しちゃ!!
顔から湯気が出そうになる。両手で頬を挟み、一生懸命、落ち着け私! 平常心! と、自己暗示をかける。
散々それを繰り返し、やっと心が鎮まってきたエレナは、少し息切れしていた。なかなか制御が大変である。
どうにか熱を冷ましてから。
彼女は改めて、ポロンにもらった発明品を確認しようと、袋を開けた。
「『言語変換』の耳飾り、『呪文無効』の香水、『風魔法入り』通信器──?」
ちょっと把握出来ないくらい、たくさん入っている。エレナは試しに香水を自分に振りかけてみた。優しい花の香りだ。
「特に変わったところはなさそうだけど。ま、いっか!」
次に耳飾りを付けてみる。綺麗な紫の小さな玉が三つ、連なって揺れている。
「うん! 素敵! ポロン先生ってば、いいものくれたなぁ」
エレナはだんだん楽しくなってきた。窓を開け、外を見下ろす。鳥の声でも聞こえてこないだろうか?
もしかしたら彼らが何を話しているのか、魔法で分かるかもしれない。
そんなことを考えていた矢先、誰も居ない大通りを一人歩く、子供の姿を見つけた。
あれ? 何だろう。もしかして迷子かな?
エレナは心配になり、帽子と杖を身につけ、宿から出ていった。
子供はどこかへ向かっているようだ。エレナは後を追い、元気に呼びかけた。
「こんにちは! どうしたの? お母さんは?」
くるっと振り返った子供。歳は七才くらいだろうか。ふわふわの金髪を左右で結び、淡いピンク色のチュニックを着ている。丸いほっぺに目はくりくりしていて、とても愛くるしい。
「わたし、おとうさんにあいにいくの! おかあさんには、ないしょだよ!」
「へぇーそうなんだ! お父さんはどこに居るの?」
「おしろ! そこでしごとしてるの!」
「そっかぁ。でも勝手に外を出歩いちゃ、危ないよ?」
「……おとうさん、いつもいそがしいの。でもきょうは、とくべつだもん。だからぜったい、あいにいくの!」
少女は言いながら、何故か目をうるうるさせている。どうも深い事情がありそうだ。エレナは可哀想になってきて、彼女にこう話した。
「分かった! だったら私がお城まで送っていってあげる! それなら危なくないでしょ?」
「え? いいの?」
「もちろん! 私はエレナっていうの! よろしくね!」
「わたし、ソフィア! エレナおねえちゃん、ありがとう!」
ソフィアは頬を染め、とろんと目尻を下げて、エレナの腰にぎゅっとしがみついた。
か、可愛い……!!
一瞬、ソフィアの背中に白い羽が見えた。(もちろん幻覚だ)地上に舞い降りた天使。それはきっと、彼女を形容するためにある言葉だろう。あまりの眩しさに、エレナは危うく昇天しそうになった。
こうして二人はイスト城へ向かった。
その道中、ソフィアは嬉しそうに色んな話をしてくれた。
この国の魔法使いの中で、父が一番偉い人だということ。
今日は自分の誕生日だから、一緒にお祝いしたいこと。
父が大好きで、将来、彼と結婚したいことなど、内緒で教えてくれた。
二人は跳ね橋を渡り、門番と話をする。
「おお、ソフィア様! 父上に会いに来られたのですな? しかし残念ながら、あのお方はとある事件を追っており、ここには居ないのです」
「え。そんな」
ソフィアは明らかにがっかりしていた。エレナは彼女が下を向いたのを、じっと見つめている。
しかし留守であれば仕方がない。彼女たちは諦めて、とぼとぼと高台を歩いた。見下ろす人気のない町並みが、酷く物悲しく思える。
「おとうさんのばか。どうしていつも、しごとなの? どうしていつも、あえないの? はやくかえってきてほしいのに」
大きな池と、緑の木々が並ぶ広場に差しかかった頃だった。
ずっと目を潤ませていたソフィアは、とうとう耐えきれずに泣き出してしまった。ぽろぽろと大粒の涙が瞳から落ちてくる。
エレナは彼女の辛い気持ちを察し、胸が痛くなった。
「お父さんに会いたいよね。でもきっとすぐ戻ってくるよ。だからおうちに帰って、あなたのお母さんと一緒に待ってよう? ね?」
エレナは彼女と目を合わせ、諭すように言ってから小さな手を握った。
幼く、か弱い少女。淋しさに壊れてしまいそうだ。
エレナはソフィアを両腕で包み、元気になってほしいと願いながら、髪を撫でた。
そういえば、私も昔、こうやって頭を撫でてもらったっけ。
エレナは胸が疼くのを隠しながら、そっと語り始めた。
「ソフィアのお父さん、きっとみんなを守るために頑張ってるんだよ」
「どうして、そんなことがわかるの?」
「私のお父さんもね、魔法使いだったんだ」
ソフィアは顔を上げる。
「エレナおねえちゃんのおとうさんも?」
「うん。いつも村を守ってくれててね、格好良かったよ」
「そうなんだ。おとうさん、いまどこにいるの?」
「私のお父さんはね、もう居ないんだ。ずっと前、遠くに行っちゃったから。でもね、離れてても分かるの。お父さんは私のこと、誰よりも大切にしてくれてたんだって。ソフィアのお父さんだってそうだよ。きっとあなたのこと、大切に思ってる。仕事が大変でも、きっとあなたのこと、ちゃんと考えてくれてるよ」
「ほんと?」
「うん! 本当!」
「……そっか」
エレナの強い言葉に、ソフィアは少し笑顔を取り戻した。
彼女がやっと泣き止んだところで、また手を繋いで歩き出す。
小さな友が淋しさに震えぬよう、エレナは包み込む手のひらに力を込めた。




