禁じられた闇魔法
「なぜそのティシフォネという方が犯人だと思われるのですか?」
ユーティスは真剣な声で尋ねる。女王は王杖を強く握りしめ、更に言葉を続けた。
「あの女はもともと死刑になるはずだった。だが数ヶ月前、幽閉された牢獄から、どういうわけか姿を消したのだ」
「彼女はどうして死刑になるはずだったんですか?」
「あの女は魔法使いであった恋人のために、邪魔になる人間を何人も秘密裏に呪い殺したのだ」
「呪い、ですか。ではティシフォネは、上級の闇魔法の使い手だったのですね」
「そうだ。あの女が恐ろしい事件を起こしたため、わらわは国内での闇魔法の使用を禁じた。あれは強い力を出せる反面、危険すぎると判断したのでな」
「あの、一つ質問してよろしいですか?」
エレナは申し訳なさそうに手を上げ、口を挟んだ。スコルディーは無感情な瞳を彼女に向け、告げた。
「よかろう。話してみよ」
「はい。ありがとうございます。どうして闇魔法は危険なんですか?」
ユーティスはエレナの横から疑問に答えた。
「闇魔法はとても簡単に扱えて、なおかつ大きな力が手に入ります。ですが、あれは人間の持つ負の感情──憤怒、嫉妬、憎悪、怨念などの悪意から成るものなのです。魔法使いは呪文で強い力を行使するたび、反動で悪意の影響を受けてしまう。それに抗えぬ者は、闇に心を食われ、人格を破壊されてしまうのです」
「じゃあ、ティシフォネさんは」
「恐らくもう」
ユーティスは目を伏せ首を振る。手遅れであると、その顔は物語っていた。エレナはとても悲しくなった。
そして一つ納得したこともある。ヴェスタ王国でのポロンの言葉だ。
『闇魔法を使うんじゃないよ!』
あれはきっと、エレナの身を案じてのことだったのだ。その心を守るために。悪意という闇に飲まれないように。
「あの女はわらわを恨んでいる。魔物と化した恋人を、我が魔法団が始末したのでな。牢獄で『必ずこの国に復讐する』と恨み言を述べていた」
「ではゼクター殿は、ティシフォネを探しに行ったのですね?」
「ああ、そうだ。町に現れた魔物を、始末せず泳がせた結果、どうやらしっぽを掴んだらしい」
「では、私たちも援護に向かいましょうか?」
「その必要はない。魔法団の精鋭のみで討伐は成功するだろう。ただ町の警護が手薄になっている。ティシフォネが片付くまで、そちらの協力を頼みたい」
「承知しました」
「あと、一つ。わが娘がお主に会いたがっていた。暇があるなら居住塔に行ってやってほしい」
「はい。私で良ければ」
「頼んだぞ。では話は終わりだ。下がるがよい」
言うべきことを全て伝えたのか、スコルディーは玉座の背にもたれ、もう三人に視線もくれなかった。
彼らは城内から出て、美しい庭園を歩いた。
「闇魔法って怖いんですね」
エレナが沈んだ表情で下を向く。
何も知らずに初級の闇魔法を使っていたが、強い感情のある時に使っていたら、どうなっていただろう。
想像しただけで、エレナは身震いした。ユーティスは彼女の横で重く言った。
「ええ、そうですね。私もよっぽどの事態でなければ、闇魔法は使いません。実はあの魔王フォボスも、昔は全属性を使いこなせるほどの高名な魔法使いだったらしいです。しかし彼は力を欲するあまり、闇魔法にのめり込み、その身を魔物へと落としてしまった」
「呪いの話がありましたが、それは上級魔法なんですよね」
「呪いは闇魔法の中で最も強い力を発揮します。かけられたものは、必ず非業の死を遂げる。しかも現在、その解き方は何一つ分かってはいないのです」
「かけられたら最後、絶対に死んじゃうってことですか?」
「そうですね。それは免れません。例え呪いをかけた者が死んでも、効果は続くようですので」
命尽きてなおも、憎い相手を殺そうというのか。
人間の悪意とは、そんなにも強いものなのか。
エレナは人の心に潜むどす黒い闇に、恐怖を覚えた。
暗い雰囲気が三人を包む。
しかしアストラがそれを変えた。突然思い出したかのように、ユーティスへ話しかけたのだ。
「なぁ、ユーティス。そういえば、塔には行かねぇのか? さっき女王様に頼まれてただろ?」
「む。さて。どうしましょうか」
彼が若干、憂鬱な目をした。あまり気が進まなさそうである。
と、その時だ。遠くから走ってくる靴音が聞こえた。
「ユーティス様! お久しゅうございますわ!」
いきなり金髪の若い女性が、甘ったるい声で叫んでから、ユーティスに勢いよく抱きついてきた。