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人の居ない町

 東の国【イスト王国】。その象徴とも言える古城は、崖の上に悠然とそびえ立っていた。


 雲がかかるほど高い塔。青く尖った屋根に、真っ白な壁。その足元に大きな城下町が広がっている。


 生い茂る木々と、五角形の白い城壁に守られた、神秘の都市。


 エレナは王国の壮麗さにしばし見惚れてから、二人と城門を訪れた。



 入国は最初拒否されたが、ユーティスが身分を示す証書を見せると、門番は突然にこにこして三人を通してくれた。それから、今すぐ女王陛下に謁見をと頼まれた。



 イスト王国。どんなところだろう。



 胸を高鳴らせ、城下町に足を踏み入れる。


 しかし彼女の期待は完全に裏切られた。



「え、うそ。誰も、居ない……」



 エレナは茫然としてつぶやいた。


 目にしたのは、がらんとした大通り。看板をぶら下げた青色の屋根のギルドは建ち並んでいるのに、活気ある声も、行き交う人々も、ほとんどない。


 よく見るとギルドの戸は全て閉められており、そこに張り紙がなされていた。



「『無期限休業』ですか。町全体のギルドが閉鎖されているとは、かなりの異常事態ですね」


 ユーティスは警戒心をあらわにしたまま、塔を見上げた。



「何かがこの国に起こっている。城へ急ぎましょう」


 三人はうなずきあい、石畳の床を蹴って、高台を駆け上がっていった。



 跳ね橋を渡り、門番の許可を得てから、庭園に入る。色とりどりの花が咲き乱れている区画を抜け、城内へとたどり着いた。



 入口正面の薄茶色の壁には、この世界の唯一神である『レアリア』の姿があり、その周りには竜と精霊と人間が教えを乞うように立っている。


 また、その奥の壁には竜や精霊たちと争う勇者、呪文を唱える魔法使いの絵が描かれていた。



 通路には豪華なシャンデリアと燭台、白い天使の像が何体も飾られている。



「うわー! すっげぇな、ここ! 天井まできらきらしてるぜ!」


「ちょっとアストラ! 静かにして!」



 辺りを見回し、アストラが感嘆の声を漏らす。エレナは横で、しーっと言いながら人差し指を鼻の下につけた。


 前を歩くユーティスからは、柔らかな笑みが送られてきたが、警備に当たっている兵士たちからは、刺さるような視線が飛んできている。


 これ以上騒いだら、二人まとめて城から放り出されそうだ。



 エレナはアストラに、黙っててと、三角目で圧力をかけた。彼は不満げに口を尖らせたが、あちこちから睨んでくる兵士たちに気付いて、反論を渋々やめた。



 そうして社交の場となる大広間を抜けると、銀の刺繍の施された、上質な青いカーペットが目に入る。



 その先の壇上の席に、この国の女王──スコルディー=イストリアンが鎮座していた。


 三人は兵士に連れられ、彼女の前でひざまずいた。



「よく来たな、博識の魔法使い殿。そしてその連れの者たち。(おもて)をあげよ」



 感情の起伏を抑えた低音で、女王は言った。


 三人は顔を上げ、姿勢を正す。



 スコルディーは長い銀髪を編み込んで一つにまとめ、その上に光輝く王冠を載せている。


 鋭く上がった細眉にくっきりとした二重の瞳、白い肌。


 まるで女神の彫像を見ているかのように美しい。だがそのせいか、人としての温かみがちっとも感じられず、冷徹な印象を受ける。


 彼女の細い身体は光沢のある薄水色のドレスに包まれており、上から蒼の分厚いガウンが掛けられている。その右手には金の王杖があった。



「女王陛下。門番の方から、私との謁見を望んでおられるとお聞きしました。何かお困りのご様子ですが、一体どうされたのですか?」


「その前にしかと確認したい。博識の魔法使い殿。お主は、このわらわの味方か? それともあやつの味方か?」


「あやつ、とは、どなたのことですか?」


「もちろん、あの西国の王だ。お主は今、ノース王国に属しておるが、条件によってはあちらに浮気するかもしれないだろう?」


「そんな。ご心配には及びません。私の仕事は三国の友好関係を守ること。ですので、どなたかに不利になるような真似をするつもりは、一切ございません」



 スコルディーは唇をきゅっと結び、疑念をはらんだ眼差しを、ユーティスと他二人に容赦なくぶつけた。


 上から下から眺められ、品定めをされているようで、とても居心地が悪い。



 彼女は嘘によって生じるどんな些細なほころびも、絶対に見逃すまいとしているのだ。



 一分間ほど、息苦しい沈黙があっただろうか。スコルディーはやっと目力を緩め、小さくうなずいた。



「いいだろう。とりあえずはお主の言葉を信じよう」


「感謝します。陛下」


 ユーティスは安堵した表情で礼をした。



「今、我が国に起こっている事態を話そう」



 スコルディーは王杖を持ったまま腕組みし、話し始めた。



「数日前。城下町の者が、突然姿を消してしまうという、不可思議な事件が起こった。その数は日に日に増えていき、町では徐々に『神隠し』の噂が流れ始めた。魔物か悪魔の仕業だと騒ぎ出す者も居たが、当時のわらわは、それが平民たちの下らん妄想だと思っており、その案件を調査しなかった」


「『神隠し』、ですか」


「ああ、そうだ。行方不明の者たちは、何の前触れもなく忽然と姿を消した。証拠もなく、目撃者すら居ない。町の者たちは、そんな未知の現象にすっかり怯え、働く意欲を失ってしまったのだ。お主たちもここに来るまでに見たであろう? ギルドの人気のなさを。皆、我が身を守るために、店をやめ、家に閉じこもってしまったのだ。外を出歩く者もわずかしか居ない」


「その事件の犯人に、心当たりはないのですか?」


「ある。証拠はないが、確信している」


「それは一体どなたなのですか?」



ユーティスの問いに、スコルディーは初めて嫌悪に満ちた顔をした。



「その者の名はティシフォネ。以前、この国の魔法団に属していた女だ」

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