王国魔法団
剣と魔法の修行をしつつ、また魔物たちを倒しながら、彼らは湖を越えた。
それから五日後の朝。
肌寒さに身を引き締め、高原を歩く三人。
針葉樹が両隣に並ぶ小道は、旅人の往来に配慮され、きちんと整備がなされている。
楽しげな鳥のさえずりに心弾ませて進んでいくと、いきなりユーティスが視線を鋭くして、足を止めた。
「何か、来る」
その一言で、エレナとアストラは慌てて魔力を隠した。
(アストラは気配を消すことで、魔力を隠せる。お前は抑えるほど魔力量ないだろうとは決して言わないでやってほしい)
三人は木陰に身を寄せ、息を潜める。
この旅の最中、幾度となく練習を重ねたエレナは、魔力探査の技術を格段に上げてきていた。
目を開いたまま落ち着いて、周囲に存在する魔力を探る。
はるか向こうに感じたのは十の光。その一つ一つは弱いものだったが、油断は禁物だ。
相手が魔力を故意に抑えているかもしれないからだ。
一体、何者なの?
エレナは見つからないよう、木の幹からこっそり顔を出し、耳を澄ました。
遠くに人影が見え、話し声と足音がする。
「魔物の逃げた方向はこっちで間違いないか?」
「はい、団長! そんでこの林を抜けた先に、怪しい洞窟を見つけたんす! きっとあの女の隠れ家っすよ、絶対!」
「そうか。それが本当なら大きな収穫だ」
「あの女、今日中に見つかるっすかね?」
「分からん。だが被害がこれ以上増えぬよう、早々に探し出さなければな」
若者と中年の男が近付いてくる。その後ろに八名の人間が続いている。全員、同じ服装だ。
先頭二人がこちらのすぐ側まで来た時、何を思ったのか、ユーティスは彼らの目の前へ飛び出していった。
「む! 何者だ?」
「私です、ゼクター殿。それに、王国魔法団の方々も。お久しぶりです」
ユーティスは中年の男を見てから、全体を見回し、ゆっくりとお辞儀をした。
ゼクターと呼ばれた男は、中肉中背で歳は四十くらい。短く刈られた金髪に、きりりと上がった太眉、そして一重の目を持っている。
彼を含む、王国魔法団の者たちは、皆一様にして夜空のような濃紺の外套を羽織っており、その左胸には金の鷹の紋章が誇らしげに輝いている。
ゼクターたちの持つ腰高の杖は、てっぺんに半透明の水晶がはまっていた。持ち手部分には銀で繊細な模様が施されており、見るからに高級そうだ。きっとこの者たちは、王国で高位を授かっているに違いない。
「これはこれは。博識の魔法使い殿ではありませんか。ご無沙汰しております」
ゼクターは丁寧に礼を返し、口の端を上げた。一見、気難しそうな雰囲気の男だが、意外と人当たりが良い。
この人たちは、敵じゃなさそうだ。
エレナとアストラは、ほっとした面持ちで木陰から出てきて、ユーティスの元へ向かった。
「おや。彼らは?」
「私と共に旅する仲間。エレナさんとアストラさんです」
「なんと。貴方がお仲間を連れて旅をするとは、珍しいですね。皆さんで我が国の視察に来られたのですか?」
「ええ、その通りです。加えて個人的な用事などもありまして。ところでゼクター殿は、これからどちらへ行かれるのですか?」
ユーティスの質問に、やや暗い表情を浮かべ、ゼクターは答えた。
「その……今、王国では不可解な事件が多発しておりまして。我々はその調査に当たっているのです。他国の使者である貴方に、わたしの一存で色々お教えすることはできませんので、詳しくは主君におうかがいくださるよう願います。では、急ぎますゆえ、これにて失礼いたします」
「承知いたしました。どうぞ皆さん、お気をつけて」
ゼクターはユーティスに会釈すると、九名の同胞を引き連れ、針葉樹林の奥へ分け入ってしまった。
「ユーティスさん。あの人たちは何者なんですか?」
彼らが居なくなった後、エレナは尋ねた。
「あの方たちは『イスト王国魔法団』に所属されている、優秀な魔法使いです。普段は皆さん、王国の警護に当たられているのですが、あの様子だと、大変困った事態が起こっている可能性が高いですね。イスト王国の女王陛下に、何があったのかすぐに確かめねばなりません」
ユーティスは険しい目で、彼らの消えた林の方角を見据えた。
風が木々の枝を揺らして音を立てている。
まるでひそひそと、噂話をしているようだ。
エレナは何故だか予感がした。黒い影がそっと自分の背後に忍び寄ってくるような。
そんな悪い予感が。