負けず嫌い
翌日の朝。
遺跡より更に東へ進んだ湖のほとりに、三人は居た。
澄んだ水面に映り込む新緑と空。その後ろに美しい山々が臨んでいる。
見ているだけで心洗われる景色だが、実際のところは、非常に殺伐としていた。
「うらぁああああっ!」
涼やかな空気を切り裂きながら、アストラがユーティスに長剣を振るっている。
鬼気迫る勢いだ。
次の瞬間、衝撃と共に剣は弾かれた。白いローブの彼は、鳥の模様の描かれた短剣で、攻撃をいなしている。
激しく何度も響き渡る、鋭い音。
エレナは戦う二人から離れ、木の側に座り込み、じっと目をつぶっていた。
何故こんな状況になっているのかというと──
そもそもの始まりはアストラの一言だ。
「ユーティスって、剣は出来るのか?」
朝食を終え、荷造りを済ませてから、彼はユーティスに素朴な疑問を投げかけた。
「はい。ある程度は出来ます」
「だったら、おれの稽古に付き合ってくれねぇか? ポロン先生たちと修行して思ったんだ。戦う相手がいる方が、練習になる」
「ええ。構いませんよ」
ユーティスは快く引き受け、袋から短剣を取り出す。
「えー、いいなぁ! 私もユーティスさんに魔法教わりたいのに!」
羨ましい、とエレナがむくれると、彼は微笑み、人差し指を立てた。
「アストラさんと私が稽古をしている間、エレナさんは、『魔力の気配を隠す練習』と、『魔力探査の練習』をしましょう。昨日、教えましたが、やり方は分かりそうですか?」
「はい!」
「だったら、その精度をどんどん上げていきましょう。あなたは普通の人より魔力が多い分、敵に感知されやすい。先に相手に気付いた方が戦闘において有利となりますので、いち早くこの二つを習得してください」
「分かりました! 頑張ります!」
エレナは両手を握り、明るく返事をした。
──こうしてアストラとユーティスによる剣の訓練と、エレナの基礎訓練が同時に行われることとなった。
二人が剣を交えている間、エレナは目を閉じ集中した。まずは魔力を抑える練習からだ。
真っ暗な視界の中、イメージを膨らませる。
自分の持つ大きな光の玉を、外側から小さく小さく縮めていく。それを極限までやっていくと、魔力は他人に感知されなくなるらしい。
何度か練習してみて分かったが、これが意外と難しい。力を出すより、抑え込む作業の方がよっぽど神経を使うのだ。
けれども時間が経つにつれ、エレナは魔力を抑えるコツが掴めてきた。ある程度は形になってきたので、次は魔力探査の練習に取りかかる。
試しに目をつぶったまま、戦闘中の二人の魔力を探ってみた。
暗闇に光がびゅんびゅん飛んでいる様が、まぶたの奥に浮かぶ。
あちこちせわしく動き回っているのは、アストラだろう。とても小さいが明るい魔力を感じた。だがもう一方。ユーティスには魔力がほとんど感じられなかった。
アストラの何万倍もの魔力を持ちながら、それを平然と抑え込んでいるのだ。
うう。やっぱりとんでもない人だな。
知れば知るほど、エレナはユーティスの技量に感心するばかりだ。どれほどの実力差が、この二人の間に横たわっているだろう。
早くあの人に追いつきたい。でも、私なんかがあんな風になれるのかな?
ふと湧いた焦りと不安が、彼女の心をざわざわと波立たせる。
すると、ほどなく二人の動きが止まった気配がした。
目を開くと、剣を落として地面に突っ伏したアストラと、その横にすらりと立つユーティスの姿が見えた。
「はぁ……はぁ……くそ! 剣もめちゃくちゃ出来るとか、どんだけすげぇんだ、お前は!」
「まあ、剣も扱えなければ、魔王たちを倒せませんでしたからね」
「……ちっ。嫌味な野郎だぜ」
短剣を鞘に収め、整った笑顔で言ってくるユーティスに、アストラは小声で毒づいた。
彼の額から大量の汗が流れ落ちている。だいぶ疲弊しているようだ。
「あーちくしょう!! 悔しいなぁ! どうやったらお前に勝てるようになるんだ? 教えてくれよ、大賢者様!」
拳を地面に叩きつけ、アストラは少し棘のある言い方をした。彼は魔法は出来ないが、剣術はきっと、ユーティスにも負けない自信があったのだろう。それをあっさり覆され、子供みたいに八つ当たりをしているのである。
正直すぎるその態度に、エレナは眉をひそめ、抗議しようとした。だがユーティスは腹を立てるでもなく、はっきり告げた。
「私に勝つには、ひたすら練習あるのみです。それだけが強くなる近道ですよ」
「……だよな」
アストラは半身を起こし、悔しさを色濃く滲ませている。
「今に見てろ! おれはお前を唸らせるくらい、強くなってやるからな!」
彼はユーティスを指差し、熱く宣言した。全身から闘志がみなぎっている。
相手が伝説の大賢者だろうがなんだろうが、関係ない。彼は根っからの負けず嫌いなのだ。
何がアストラのやる気に火をつけたのか、エレナには分からない。しかしその青い瞳に、強い決意のようなものを感じた。
アストラは昔から強かった。
でもきっと、見えないところで、こうやって努力してきたんだろうな。
振り返れば戦闘の時、彼は常に勇敢に剣を抜き、活躍していた。
平和な村で過ごしていても、いざという時のために、鍛練は怠っていなかったのだ。
うん。私もアストラに負けないくらい、頑張らなきゃ!
彼の強さを求めるひたむきさに、エレナは改めて、弱気な自分に気合いを入れ直すのであった。




