妖精族
「ユーティスさん。ちなみにミョルニたちは、精霊の仲間なんですか?」
「そうです。長い歴史の中で、精霊は二つの種族に分かれました。一つは小人族。もう一つは妖精族に」
「なるほど! だから恵みの石の祭壇に、妖精王様の言葉が残されてたんですね! その王様は、どんな方だったんですか?」
「……なぜ私にそのようなことをお聞きになるのですか?」
「だってユーティスさんは、妖精と人間のハーフなんでしょう?」
エレナはさらっと聞き捨てならない発言をする。彼女の問いに、ユーティスの顔色が一気に曇った。
「どうしてあなたが、それをご存知なのですか?」
「大賢者伝記の表紙裏に紹介されてたのを、この前見つけました! お母さんは、妖精王様なんですよね!」
「ええ、その通りですが。まさかそんな詳しい身の上まで記されているとは。何とも恐ろしい本ですね」
「村にそれを持ち込んだ奴が言ってたけど、大賢者伝記は世界中のあちこちで売れまくってるらしいぜ。お前の情報だだ漏れだな」
アストラが頭の後ろで手を組み、他人事のように言うと、ユーティスは黙って眉根を寄せた。
どうやら本人の知らないところで、素性が調べられ、勝手に広められていたらしい。有名人である以上、皆の興味を集めるのは仕方のないことだが、了解も得ず晒されるのは甚だ迷惑なものである。
「あの、ユーティスさん! 妖精族について、色々お話聞かせてください! お願いします!」
エレナは好奇心に目を輝かせ、身を乗り出して頼んだ。その隣でアストラも、笑顔で話を聞く体制に入っている。
二人の圧に押されたのか、しばらくしてユーティスは、半ば諦めたように語り始めた。
「妖精族は、先の尖った耳以外は人間とあまり変わらない姿をしています。彼らは人間よりもはるかに長寿であり、あらゆる分野の知識と経験があります。私は『妖精の森』で生まれ育ち、そこで古代文字や様々な言語、魔法を勉強しておりました」
「ユーティスさんのお父さん、お母さんは、どんな方だったんですか?」
「人間である父は、私が生まれる前に亡くなっており、顔も分かりません。ただ、とても明るく誠実な方だったと聞いております。妖精王である我が母セレニエル=ニュンフェは、前王ネルバ=ニュンフェの後継者として、一人で妖精の森を治めておりました。彼女はとても強く、優しい方でした」
ユーティスの言葉の端々には、両親に対する深い愛と尊敬の念が宿っている。
エレナは温和な気持ちになりながら、続けて質問した。
「素敵なお父さんとお母さんだったんですね。ユーティスさんの住んでた妖精の森は、どこにあるんですか?」
「それが、私にも分からないのです」
ユーティスは急に悲しい目をして、うつむいた。
エレナは、興味本位に悪いことを聞いてしまったかも、と思い、口をつぐむ。
彼はオレンジに染まりつつある空を見上げ、遠い目をした。
「私は長い間、森から出たことがありませんでした。だから分かっているのは、それが人里から離れた場所にあったという事実のみです。その昔、あの魔王フォボスによって、妖精の森は攻撃されました。力及ばなかった私は、母の魔法によって森から飛ばされ、命を繋いだ。そして、ノース王国にたどり着き、国王様に拾われたのです」
石と石の間から差し込む夕日。
それが凛と立つユーティスの背中を照らす。
栗色の髪と長いまつげに、きらりと光の瞬きが重なって、まるで泣いているかのように見えた。
「私は大いなる謎と、もう一つ。すでに滅びたかもしれない故郷を探しているのですよ」
白いローブの男は、郷愁と諦念とわずかな希望をない交ぜにして、言の葉に乗せる。
ある日、突然奪われた、温かな居場所。
彼はきっと、泣き叫びたくなるほど、辛かったに違いない。
ユーティスの過去と、自分自身の痛みとが重なり、エレナの胸は酷く張り裂けそうになるのだった──。