古代遺跡
出発してから数時間後。
休みなく働く太陽が、一日の仕事を終えようと地平線に向かい始めた。
三人は時たま現れる魔物を倒しながら、順調に広い緑の平原を進んでいる。
小高い丘を登り坂を下っていくと、ぽつんと遺跡が見えてきた。
高さ五メートルほどの真っ白な巨石が、等しく隙間を空けながら円形に並べられている。
それらが倒れないようにするためか、上にも細長い石がいくつか置かれていた。
巨石には所々こけが生えており、地面からはつるも巻きついていて、この建造物が長い年月の間ここに佇んでいることを物語っていた。
エレナは言葉を失い、胸へ迫ってくる景色に、ただひたすら息を飲んだ。
こんなに大きくて綺麗なものを、昔の人たちはどうやって造ったんだろう。
なぜか心音が高鳴ってくる。
近づくほどに漂う、異質な存在感と神聖な空気。
そこだけ流れる時間が違うかのようだ。
「少しここを調べさせてください」
ユーティスは二人に言って、円の中に入っていった。
エレナとアストラも、石の間を通り、周囲をキョロキョロと眺めた。
中の広さは約二十メートル。真ん中に腰高の大きさの、磨き抜かれた石の台座がある。
台座には手のひらほどの大きさのくぼみがあり、何かを置く場所なのだろうとエレナは推測した。
その側面には、古代文字と絵がびっしりと彫られている。
「三つの種族の絵しか、描かれていない、か」
ユーティスは紙と羽ペンを出し、熱心に何かを書き留めている。
アストラはそんな彼を覗き込んで、聞いた。
「なぁ、ユーティス。お前、何でこんな難しいもん調べてるんだ? そろそろおれたちにも教えてくれよ」
その言葉に、エレナも教えてほしいと目で訴えた。ユーティスは手を止め、ペンと紙を両手に持ってから、二人を見た。
「私は三年前、平和な世界を取り戻すため、魔王フォボスやその部下と戦いました。しかし彼が倒れても、魔物たちが消え失せることはなかった。それらは彼が作り出したものではなかったのです。私は『人々を脅かす魔物が、なぜこの世界に生まれてしまうのか』。その原因を探っています。先人たちの歴史と言葉をたどって」
「なるほど。だから古書や遺跡を調べてるんですね」
確かに、魔物が存在する理由はいまだ明らかになっていない。というより、物心のついた時から、魔物は当たり前に存在していたので、改めて意識することなどなかったのだ。しかしそんな世界が抱える壮大な神秘を、読み解くことが可能なのだろうか。
古代文字や小人族との会話、全属性の魔法。大賢者と言われるだけあって、彼の知識量は相当なものだ。いつ、どこでそんな学を教わったのか。
ユーティスへの興味は尽きぬばかりだ。
「それで? ここは一体何をする場所なんだ? そこに書いてあるんだろ?」
アストラが台座を顎で指して問いかけた。ユーティスは紙とペンを袋にしまい、神妙な面持ちで答える。
「ここは『禁断の書』を封印した神殿です」
「禁断の書?」
「はい。『この世に災いをもたらす禁忌の力』を封印した、本のことです」
「え!? じゃあここ、危ないんですか!?」
エレナは思わず後ずさって、台座から離れる。ユーティスはにっこり笑って優しく言った。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。その封印を解く鍵は、ここには存在しません。いにしえの時代、竜、精霊、人間の三つの種族が共に暮らしていた頃。力ある者がその鍵を守っていたそうなのですが──今は行方が知れないようです」
「そうなんですか」
ほっとしたエレナは、話を聞きながら、まだ見ぬ種族のことを考えていた。
古い絵本などでしか見たことのない竜と精霊。はるか昔、人と一緒に暮らしていたはずの彼らはどこへ行ってしまったのだろう?
そして、どうして彼らはここを去らなければいけなかったのだろう?
そこまで考えて、エレナはふと思い当たり、ユーティスに近付いて聞いた。