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 兵士に怒鳴られ、散々しぼられてから。


 エレナは宿屋で旅の準備を始めた。共同浴場へ行き、汗を流してから、新調した服に着替える。


 膝上丈の白いチュニックに、ポロンからもらった藍色の外套、先の垂れた帽子を被った。とても魔法使いらしい格好だ。


 手書きの魔法書、大賢者伝記を袋に詰め、足りない物をギルドに買い出しに行こうと、杖を手に袋を背負った。



「おい。どこ行くんだ?」


 宿屋の休憩所で、アストラに声をかけられた。袋と剣を背負っている。


「ギルドに旅の食料、買いに行くの」


「ふーん。ならおれも付いて行ってやるよ」


「えー。いいよ、別に」


「荷物持ちしてやるから。おら、早く行くぞ!」


 そう言って、アストラは勝手に前をすたすたと歩き始めた。


 エレナは無駄な体力は使わないでおこうと、諦めて後を付いていく。



 ギルドのある大通りは、今日も旅人や町の者たちで賑わっていた。


 この前の出来事が、まるで嘘のように平和だ。


 エレナが旅に必要な物を思い浮かべながら、ギルドの看板を眺めていると、アストラが何か言いたげにこちらを見ていた。彼女は視線が気になり、じっと彼を見返し尋ねてみた。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


「服」


「え?」


「その……この前買ったやつだな」


「そうだよ! いいでしょ?」


 どうだ! とばかりに見せびらかすと、


「ま、変ではないな」


 と微妙な返事が返ってきた。彼女はむっとして眉を寄せる。


「それ誉めてるの? けなしてるの?」


「あー今日はいい天気だぜ。絶好の旅立ち日和だなぁ」


 伸びをして全然違う話をしだした。無理矢理はぐらかされた気がする。



 何が言いたいんだろう、この男は。



 エレナは首をひねってから、斜め前を歩く彼を改めて見る。短い黒髪と鍛え上げられた身体。昔は同じくらいの背丈だったのに、今ではずいぶん差がついてしまったなと思った。


 そんなことを考えていると、パンの焼けるいい匂いがして、彼女のお腹の虫がぐうううっと存在を強く主張した。


「ぷっ!」


「わっ! 笑わないでよねっ!」


 真っ赤になって言うと、アストラは何か食うか! と笑って、近くのギルドにパイを買いに行った。


「お? いらっしゃい! あんたたちはこの前の子たちだね! サービスしとくよ!」


 ギルドの女店主が、元気よく言った。


 公開処刑の時、キアルスと戦闘していたので目立っていたらしく、二人はちょっとした有名人だ。町の人たちに気に入られ、親しげに声をかけてもらえるようになった。


 少ない銀貨の代わりに手渡されたのは、焼き立てのチェリーパイだ。鼻の奥に広がる甘酸っぱい香りが食欲をそそる。見た瞬間よだれが出てしまった。


 二人は初めて城下町を訪れた日のように、中央広場の椅子に座って、それを食べた。


 広場の真ん中にあった処刑台は撤去され、無事だった椅子と机だけがまばらに置かれている。



「ん~美味しい~!」


 エレナはチェリーパイを頬張りながら、この上なく幸せそうな顔をした。横に居るアストラも最高だな、これ! とぺろりと平らげた。食欲の満たされた二人は、至福の表情で椅子にもたれている。



「こんなうまいもん、村にはなかったよなぁ。あいつらにも食わしてやりてぇぜ」



 酷く懐かしむような横顔のアストラ。偶然エレナも同じことを考えていた。



 リリーにこれを食べさせてあげたら、きっと喜ぶだろうな。


 嬉しそうに笑う三つ編みの少女を想像してから、エレナは彼に問いかけた。



「ねぇ、アストラ。あなたはこれからどうするの?」



 『魔法の先生の所まで護衛する』という、彼の当初の目的は達成している。自分はユーティスと旅をするが、アストラからは今後のことを何も聞いていなかった。


 彼は正面を向いたまま、真面目に即答した。



「おれは、お前らに付いて行く」


「村に帰らないの?」


「ああ」


「親方さんに怒られるよ?」


「ポロン先生に、帰らないことを伝えてもらうから、大丈夫だ」


「……もしかして、まだユーティスさんのこと、疑ってる?」


「そうじゃなくて」


 アストラは少し言いにくそうにしてから、エレナの方を向いた。彼の青い瞳は真っ直ぐ少女を捉えている。



「見てみたくなったんだよ。お前の夢がどうなるか」


「私の夢?」


「大賢者みたいに強くなるんだろ? ユーティスに魔法を教わってさ」


「うん」


「だったらおれは、最後まで見届けてやる。お前がそれを、叶える瞬間までな」


 アストラはにこりと口角を上げた。エレナは驚き、とても嬉しくなった。初めて彼に、自分を認めてもらえたような気がしたからだ。エレナはありがとう、と伝えようとして、口を開いた。



「ま! お前みたいなへなちょこが、世界を救う英雄になれるとは思えねぇけど! 横で情けねぇ姿をたっぷり拝ませてもらうぜ!」


 優しい顔だったのに、すぐに意地悪な笑みを浮かべて、余計な言葉を放つ彼。エレナの顔が瞬時に強張る。



「アースートーラぁーー!」


 低い呼び声と共に、エレナから黒い気配が漂った。これはかなり危険だ。


「やめろやめろ! 怒ったらバカでかい炎が発動するだろうが! 心を鎮めろ!」


 アストラは椅子から慌てて立ち上がり、机を盾にして身構える。エレナはゆらりと立ち上がった。



「こんな町中で呪文使わないわよ! 待ちなさい!」


 広場を駆け、逃げ回るアストラを、エレナは杖を振り上げ、頬を膨らませながら追いかける。


 彼女は怒った顔をしていたが、途中から追いかけっこをしているようで楽しくなってきた。子供の頃に戻ったみたいだ。


 こうして、二人は仲良く(?)買い物を済ませていった。


 大切な幼なじみ、アストラとの時間は、彼女にとって、思いのほか和やかで優しい時間になったのであった。

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