決定
ユーティスは食い入るようにエレナを見つめた。
その後、酷く切なげに目を背けた。
「エレナさん。あなたは知らないと思いますが、魔王なきこの世界は、いまだ平和にはほど遠い情勢にあります。隣国同士でいがみ合い、どうにか相手より優位に立とうと躍起になっている。時には私を利用しようと企む者や、命を狙ってくる者も居る。私と一緒に居ることで、あなたにまで危険が及ぶかもしれない。不審な者たちの動きもあり、この先の旅は、どんな困難が待っているのか分かりません。それでもあなたは、私に付いて行くというのですか?」
厳しく提示された問いに、彼女は黙ってうなずいた。揺るがぬ思いを胸に抱き、ひたすらユーティスを見つめ続ける。
彼は明らかに戸惑っている様子で、エレナの茶色く透き通る瞳を、じっと見つめ返していた。
「連れてっておやりよ。博識の魔法使い」
ポロンがエレナの後ろから現れ、彼に近付いて言った。
「エレナはアンタがうんと言うまでひかないよ。馬鹿みたいに頑固だからね。それに、この子も魔法使いの端くれだ。連れて行けば、アンタの力になってくれるかもしれない。──才能ある若い力を、正しく導く。それもまた、先を歩く者の使命だと、アタシは思うよ」
言ってから、ポロンはユーティスにだけ聞こえる声で、こう告げた。
「下手したら、この子の力を利用したがる輩も現れるかもしれない。そうすればこの子はきっと傷付く。そうならないためにも、アンタがエレナを守ってやるんだ」
彼女はユーティスの二の腕を、左手でぽんと叩き、彼らから少し離れた所まで歩いた。
しばらくの間、迷いあぐねた表情をしていたユーティスは、ようやく答えが決まったのか、エレナの方を向いた。
「私はエレナさんが思っているほど、立派な人間ではありません。まだまだ至らぬ魔法使いです。しかし友人としてなら、あなたの力になりたいと思います」
「それじゃあ……!」
「はい。私の旅に同行してください。私の知りうることを、お教えします」
「やったーーーーーーっ!! ありがとうございます! 大賢者様っ!!」
万歳して大喜びするエレナ。しかし彼はそれに待ったをかけた。
「ですが、旅に付いて来てもらうには、条件が一つあります」
ユーティスは人差し指を立てて、笑顔で付け足した。
「私のことは大賢者ではなく、ユーティスとお呼びください。堅苦しくなる必要もありません。私たちはもう、共に旅をした仲間なのですから」
「ユーティス……」
エレナは彼の名前をそっとつぶやいてから、急に真っ赤になった。呼びすては、何だかやたらと馴れ馴れしい感じがしたのだ。
「あの! ちょっとそれは難しいので、ユーティスさんとお呼びします!」
「ええ。それで構いませんよ。これからよろしくお願いします」
ユーティスはにこやかに手を差しのべた。
エレナはハンカチをポケットにしまい、その手を取って、ぎゅっと握手をした。
大きくて温かいその手は、彼の優しい心そのものだ。
夢見心地の彼女に、離れた所から二人の様子をうかがっていたポロンが、ほっとした顔で声をかけてきた。
「ようやく話がまとまったみたいだね」
近付いてきた彼女は、いつもの鋭さとは無縁の、穏やかな笑みを浮かべている。
「エレナ。アンタに少し話があるんだ。聞いてくれるかい? 」
少女が了承すると、ポロンは話し始めようとした。
そんな矢先。
「あーーっ! お前らここに居やがったのか! 探したぞ!!」
黒髪の剣士がせわしく駆け寄ってきた。息がそんなに上がっていない所を見ると、さっそく朝の修行の成果があったらしい。
「アストラ! ちょうど良い所に来てくれた! 私、めちゃくちゃ嬉しい知らせがあるの!」
「何だよ、にやにやして。気持ちわりぃな」
ちょっと引き気味に失礼なことを言われても、全然、気にならない。エレナは幸せオーラ満開の無敵状態だ。今ならどんな敵だって、許せそうな気がする。
「私、ユーティスさんの旅に付いて行って、魔法を教わることになったから!」
「は? ユーティスって、あの大賢者の? 何でそんな話になったんだ?」
「今、ユーティスさんと話して決まったの!」
「へ!? そんな有名人がどこに居るってんだよ!?」
「いや、ここに居るから!」
「…………は?」
話が掴めない彼は、口をぽかんと開けて、顔をしかめている。
エレナは手のひらで白いローブの男を指し、懇切丁寧に教えてやった。
「だからね、『メルフさん』が、実は『大賢者様』だったの」
「メルフが、大賢者?」
「はい。実はそういうことなんです。今まで黙っていて、申し訳ありません」
「というか、アンタも気付いてなかったのかい。鈍感もここまでくると、いっそ感心するね」
ポロンが呆れ顔で、アストラを見ている。
「え、ちょ、ど」
混乱したアストラは、おかしな言葉を発し、壊れた風見鶏のように、三人の顔を代わる代わる見た。
そしてとうとう震え始め、麗しい青年を思い切り指差した。
「こいつが、ユーティスうううううううううううう!?」
平原の静けさは、状況をやっと飲み込んだ男の、驚愕する叫び声によって、あっけなく破られてしまったのだった。