たどり着く真実
騒動から三日後。
ヴェスタ城内の訓練場にて。
エレナは早朝から、ポロンや他九名の魔法使いたちと杖を持ち、一緒に魔法の練習をしていた。
仲良くなった魔法使いたちが、訓練に誘ってくれたからだ。
ちなみに、アストラも剣の練習に加え、魔法を避ける練習に参加していた。
「よし! そこまで! ちょっと休憩しな!」
ポロンの一声で、皆はその場に座り込んだ。まだ一時間しか経っていないのにくたくたである。
と、そこに抜き足差し足で、やって来て、あたかも最初から居たみたいな顔をしている者がいた。
「ベック!」
「は! はい! ポロン先生!」
「ふーん。練習再開して早々遅刻とは、いい度胸してるねぇ。皆が休んでる間、アンタだけ特別授業してやろうか?」
「ひぃい! ごめんなさーい!!」
杖を向けられつつ良い笑顔で尋ねられ、ベックは半泣きで土下座した。彼女の言う特別授業とは、よほどきついものらしい。出来ればそんな恐ろしい授業は未来永劫、遠慮したいものだと、エレナは思った。
「そ、そういえば、博識の魔法使い様、どこかに行かれるんですか?」
「え? 何でだい?」
「さっき町で見かけた時、やけにたくさん荷物を持ってたんで」
ベックのその言葉を聞いた瞬間、エレナは胸の辺りがざわりとした。
ポロンの顔色もさっと変わる。
「何てことだい! もう旅立つ気だね!」
早口で独り言を並べ立てた後、彼女はエレナとアストラを勢いよく見た。
「アンタたち! 博識の魔法使いを追うよ! 今ならまだ間に合う! 急ぎな!」
三人は武器を置くのも忘れて、一目散に走り出した。
訓練場を飛び出し、跳ね橋を渡って、町を駆け抜ける。
冷えた空気が肌に突き刺さるみたいで痛かった。
三人が城門を出ようとした時、門番二人に止められた。
「こら! お前たち、勝手な出門は許さんぞ!」
ポロンは杖を見せつけ、構える。
「このでかいのは、アタシとアストラが何とかするから! さぁ行きな!」
「おれもかよ! 」
「つべこべ言わない! やるよ!」
二人が門番たちの相手をしている間に、エレナは弾かれたように門をすり抜けた。
平原を走って探し回る。数分後、はるか遠くに小さな彼の後ろ姿が見えた。
「メルフさん!!」
彼女は息を切らしながら、思い切り叫んだ。
立ち止まって振り返る、白いローブの男。
エレナは杖を手に彼の元まで駆けていき、悲しい表情で聞いた。
「どうして、さよならも言わずに、行っちゃうんですか?」
「……申し訳ありません。会えば皆さんとの別れが、辛くなってしまうと思ったので」
「このままずっと、何も言わずにいるつもりですか?」
荷物を背負い、杖を右手に持ったメルフは、黙って赤髪の少女を眺めた。
一言も発しようとしない彼に、エレナは意を決して口を開いた。
この三日間、問えずにいた真実を、確かめるために。
「メルフさん。あなたは伝説の大賢者、【ユーティス=ニュンフェ】様ですね?」
少しの沈黙があってから、メルフはうっすら口角を上げた。
「一体、何のことでしょうか?」
「もう隠さないでください。私、分かっちゃったんです」
真剣に訴えると、彼は笑みを引っ込め真面目な顔をした。エレナは話を続ける。
「最初、出会った時から、気になってました。メルフさんの顔、どこかで見たことがあるって。私の持ってる大賢者伝記。そこにユーティス様の似顔絵が描かれてあるんです。それが、あなたにそっくりだった」
「単なる偶然ではないですか? 私のような平凡な者は、たくさん居ると思うので」
「メルフっていう名前も、ポロン先生と魔法使いのみんなは、知らなかった」
「【博識の魔法使い】という名が浸透していますからね。きっとそれで分からなかったのでは?」
「だったら、魔法はどうですか? メルフさんは、全ての属性魔法を使いこなせると、ピートから聞きました」
「ええ。確かにそうです。それがどうかしたのですか?」
「以前、ポロン先生が訓練の時に言ってたんです。『全部の属性魔法を使える者は、あの大賢者しか居ない』って」
メルフは言葉に詰まって、まぶたをしばたたいた。いつも冷静な彼が、かなり動揺しているようだ。
「メルフさんは優しい人です。隠し事をするのは、何か深い事情があるんだと思います。でも私、本当のことが知りたいんです。どうか教えてください。お願いします」
速まる鼓動。真実はもう、手の届く場所にある。
さわさわと風の音がして、揺れる草花。
やがて白いローブの男は、フードを取り、覚悟を決めたように言った。
「エレナさんの言う通りです。あなたたちにずっと嘘をついていた。私の本当の名は、ユーティス=ニュンフェ。かつて魔王フォボスと戦い、恐れ多くも大賢者という称号を授かった、ノース王国の魔法使いです」
「やっぱり、そうだったんですね」
「黙っていて、申し訳ありませんでした。伝説などと呼ばれる私の存在が知れると、皆さんを騒がせてしまいますし、他国の情勢調査や密偵の仕事もやりにくくなります。なので、ずっとここまで言わずにきてしまいました」
ぽた、ぽたと。
エレナの大きな瞳から、涙が流れ落ちている。少女は杖を持つ両手をきゅっと握り、うつむいた。
「ああ、エレナさん。私は酷いことをしてしまったようですね。あなたを騙し、傷付けてしまい、本当に申し訳ない」
メルフ、改めユーティスは、悲痛な顔で白い絹のハンカチを差し出した。
エレナはそれを受け取って涙を拭くと、違うんです、と鼻をすすりながら、首を横にぶんぶん振った。
「もし万が一どこかで、大賢者様に会えたら、言いたいことがあったんです」
ユーティスは不思議そうな表情を浮かべ、彼女の話に耳を傾けた。
エレナは彼を仰ぎ、込み上げてくる感情を、懸命に口にする。
「魔王を倒してくれて、本当に本当に、ありがとうございました。あなたのおかげで、私は、生きる希望を見つけられたんです」
故郷の村を焼かれ、恐ろしい魔物に怯え、逃げ惑う日々。
死と隣り合わせの毎日に、どれだけ絶望し、心をすり減らしただろう。
三年前、彼が悪の根源を滅ぼしたことで、彼女はようやくささやかな幸せを手に入れたのだ。
温かな村人たちと過ごす、何気ない日常を。
ああ。やっと大賢者様に、気持ちを伝えられた。
嬉しくて嬉しくて、泣きながら笑顔になる。
ユーティスは深緑の瞳を大きく開いてから、頬を桃色に染め、嬉しそうに微笑んだ。
エレナは止まらない涙を拭いて、更に言葉を紡ぐ。
「私、ずっと大賢者様に憧れてきました。強くて、格好良くて、優しくて。あなたみたいになりたいと、ずっと願ってきました。だから」
息を深く吸い込む。
胸に暖め続けたこの想いを彼に、届けたい。
「これからも、ずっと一緒に居させてください。私は他の誰でもない『あなた』の元で、魔法を学びたいんです」
風の凪いだ平原に、エレナの声だけが、ひときわ大きく響いた。




