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うごめく闇

 同じ頃。王の居住塔、最上階は、冷えきった空気に支配されていた。


 その室内には、天蓋付きのベッドと光沢ある木の机、安楽椅子と照明が置かれている。


 壁にはマウルの自尊心を象徴するかのように、彼の肖像画が目立つ位置に飾られていた。


 豪華絢爛(ごうかけんらん)なこの部屋で、白の寝間着に赤のガウンを羽織ったマウルは、椅子にふんぞり返り、ぶどう酒の入ったグラスを傾けている。


 その正面に、黒のベストとズボンを着たロゼの姿もあった。


 マウルは憤怒を滲ませ、姿勢よく立っている息子を見上げた。



「余はお前たちに言った。『戦争に確実に勝利する切り札を用意できた者、そのどちらかに、王の座を譲り渡す』と」


「はい。そうおっしゃいました」


「だが、まさかこのような事態になるとは……! キアルスがあそこまで愚かだとは思わなかったな」



 マウルは苛立ちをため息に変えて吐き捨てる。ロゼは流し目をし、冷めた声で言った。



「ポロンに協力を断られ、強引に力で脅し、最後には僕から盗んだ石を使って大暴れする。実に浅はかで短気で幼稚な、兄上らしいですね」



 ロゼは嘆きに満ちた表情をしている。が、出てきた言葉には、強烈な皮肉が込められていた。



「もっとうまく丸めこめばいいものを。お陰でポロンという強力な戦力を失うことになった。あの女に不信感を持たれてしまった以上、協力は見込めない。キアルスの罪は重いぞ」


「兄上の処遇をどうするつもりですか?」



 マウルは視線をグラスに落とす。


 瞳に赤い液体がゆらゆらと映った。彼はそれを一気に飲み干し、グラスを乱暴に机へ置いた。



「もちろん、死刑に決まっている。この強国ヴェスタに無能な者はいらんのだ。奴は王となる器ではなかった。余の息子である資格もない」


「分かりました。では近いうちに処刑の手配をしておきます」


 反対するでもなく、あっさりと青年は承諾した。血を分けた兄に対する憐れみの情は、これっぽっちもないらしい。



 ロゼもまた、マウルやキアルスと同じく、戦争を望む者の一人であった。




「ロゼよ。お前は大丈夫であろうな?」



 疑り深い声で、息子に確認する。その目には、絶対に失敗は許さないという圧力があった。



「ご安心ください。僕は兄上のように愚かではありません。戦争に向け、着々とことを進めております。イスト王国に差し向けた密偵の報告によりますと、かの国の魔法使いは二十名。力は皆、中級クラスだそうです。我が国の魔法使いはポロンを含め十一名。ですが戦争への協力は難しいでしょう。兵士の数および質は、こちらの方が上ですが、魔法の威力などを考えると、現在の状況は向こうがかなり有利であると言えます」


「うむ。そうであろうな」


「しかし、それを打破する秘策があるのです。その件で今日、父上に会わせたい客が居ます」


「ほう。誰だそれは」


「その者は優秀な魔法使いなのです。僕たちの計画に賛同し、協力を申し出てくれた。現在は僕と一緒に、魔鉱石の実験を進めております。彼が居れば、イスト王国を手に入れるなど簡単に出来るでしょう」


「なるほど。だが、その者は信用できるのか?」


「恐らくは。彼の連れの女は、イスト王国に酷く恨みがあるようですので。しかし、もしこちらを裏切る気配をわずかにでも感じたら、呪文を封じた上で、僕が始末しようと思います」



 マウルはまばたきで了解の意を示した後、ひげをいじりながら思案した。



「分かった。お前に任せよう。あと、問題は博識の魔法使いだな。あれはどうしても余に手を貸すつもりはないらしい。下手に手出しをすれば、こちらの命も危なくなるだろう」


「ええ。奴には注意が必要です。それにあと一点、気になることがあります」


「何だ」


「博識の魔法使いが連れていた、赤髪の女です。あれも魔法使いのようですので、警戒が必要かと」


「ふん。そのような小者は放っておけ。どうせあの男の弟子か何かだろう。見たところ、その娘は戦いにも慣れておらず、初級魔法しか唱えておらなんだ。今すぐ我が国を脅かす存在になるわけでもあるまい」


「そうですか。分かりました。では、協力者の魔法使いに頼んで、あの男に見張りをつけましょう。そしてイスト王国を攻撃する機会を待つのです」



 いいだろう、とマウルはうなずいて、ひとまず納得した。するとロゼが、父上、と呼びかけて、一歩前に出た。



「もし仮に隙があったなら、博識の魔法使いを殺しても構いませんか?」



 ロゼは前髪の隙間から、きらりと目を光らせた。マウルはその野心あふれる強者の風格に、大国の王としての資質を感じた。


 喉の奥から自然と笑いが込み上げてくる。



 それでこそ、余の息子だ。



「構わん。出来るものならやってみるがよい」



 話がまとまると、タイミングを見計らったかのように、ドアを叩く音がした。



「来たようです。入れ」



 ロゼが促すとドアが開き、中に男が招き入れられる。


 部屋の雰囲気が、いっそう不吉さを増した。



 現れたのは、闇色のローブを着た、中性的な容姿の青年。端正な顔立ちで、凛々しく上がった眉、切れ長な赤い瞳を持っている。


 彼は波打った黒紫の髪を、髪留めを使って耳の下で束ね、腰のあたりまで垂らしていた。



 男は魅惑的な笑みを浮かべ、マウルの前にひざまずいて、ゆっくりと礼をする。


 その首筋に、怪しくうねる黒い蛇の模様が、克明に刻まれていた。



「我が名はウーディニア。全ての魔法を司る者でございます。以後、お見知りおきを」

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