楽しい食事
夕刻。
ポロンら四名と教え子十名は、町の小さな食堂にやって来ていた。ここを切り盛りする主人の計らいで、店を貸し切りにしてもらっている。
中はそんなに広くなく飾り気もあまりないが、木の食卓や暖炉があり、家庭的な雰囲気だった。
皆は長机を四つ、四角く並べ、それぞれ好きな席に座った。
エレナはポロンとメルフの間の席を早々に取る。アストラは彼女の方をちらっと確認してから、残念そうにメルフの横へ座った。
白いローブの彼はフードを取って、皆の顔をにこやかに見ている。その慈しむような眼差しに、エレナはどきっとした。
一連の騒ぎで忘れていたが、まだ一つ確かめられていない点がある。それはメルフに尋ねても、きっと答えてはくれないだろう。
エレナは心の奥で、きっと真実を突き止めてみせると誓った。
「ポロン先生、改めておかえりなさい!」
「本当に心配したんですよ~! 無事で良かったです!」
「先生の汚名が晴れて、すごくほっとしました!」
席に座って開口一番、教え子たちが次々にポロンへ温かい言葉をかけた。彼女は皆の顔を愛おしそうに眺めてから、申し訳なさげに目尻を下げた。
「ずいぶん心配をかけたね。悪かったよ。アンタたちにまで迷惑をかけちまってさ」
「え? 嘘でしょ?」
「ぽ、ポロン先生がしおらしい、だと?」
「これは夢か!? 幻か!?」
「まずいわ、明日は大雨が降る」
「……アンタたち、覚悟しておきな? さぼってた分、明日からたっぷり魔法の練習をするからねぇ」
好き放題なことを言っている教え子たちに、ポロンはにたりと黒い笑みを送った。それを見た瞬間、彼らの口元が一斉に引きつる。明日は盛大に魔法の雨が降るだろう。
エレナは魔法使いたちに同情するも、その悲惨な顔がおかしくて、ポロンの横で吹き出してしまった。
そうこうしている間に、食欲をそそる匂いがしてきて、たくさんの料理が運ばれてきた。
白くて柔らかいパンとジャム、鶏肉の香草焼き、牛乳たっぷりのシチューが机に並んでいく。メルフとポロンには、果実酒も置かれた。
「うわー! 美味しそう! いただきまーす!」
エレナは手を合わせ、大きな瞳をぱちくりさせた。
楽しい食事の時間が始まった。
「博識の魔法使い様。そういえば、いつから暗殺未遂事件が嘘かもしれないって思ったんですか?」
半分くらい食べ進めた頃、魔法使いの一人が興味津々に尋ねてきた。皆も聞きたそうに視線で訴えている。メルフは微笑み、コップを置いてから話し出した。
「まず気になったのは、陛下の態度ですね。彼は私を殿下に会わせず、この件から出来るだけ遠ざけようとしていた。それに城を守る兵士の数が、城下町より少なかったのも引っ掛かりました。殿下がまた狙われる可能性があるのに、なぜ警備が手薄なのだろう、と」
魔法使いの一人はうなずく。
「なるほど~! でもどうやって彼が元気にしていると気付けたんですか?」
「食事です。城へお見舞いに行った際、キアルス殿下の居住塔にごちそうが運ばれていました。瀕死の状態の彼が、そんな物を口に出来るとは思えません。なので、塔の中の魔力を探査してみたのです。するとそこに忙しく動き回る魔力を感知しました。第一王子専用の塔を好き勝手に歩くことの出来る人物──それはキアルス殿下本人しかありえません」
「へー! さすがは博識の魔法使い様。鋭いですね!」
「それに今日、見たことのない上級魔法も使っておられましたよね! 格好良かったです!」
「いえ、それほどでも……」
次々と魔法使いたちが称賛する中、メルフは急にふらりとして、額を押さえた。
「ああ、申し訳ありません。ちょっと酔いがまわってしまったようです。少し風に当たってきますね」
そう言って立ち上がると、メルフは外に歩いていってしまった。何だか具合が悪そうで、エレナはとても心配だった。
「ちょいと、アタシが見てくるよ」
ポロンも同じ気持ちだったのか、後に続いて出ていった。
外は夜の景色に変わっていた。
星が瞬き、建物にはぼんやりと小さな明かりが灯っている。
時折、首元を撫でるひんやりとした空気は、静けさと相まってとても心地いい。
ポロンは、庭の大きな木にもたれ、まぶたを閉じているメルフに、そっと声をかけた。
「大丈夫かい?」
「ええ。ありがとうございます」
「全く。上級の闇魔法なんて危ないもの使うからさ。あれはまともな人間には負担が大きいんだ。人助けもいいが、無茶したらいけないよ」
「はい。すみません」
弱々しく素直に謝る、メルフ。
ポロンはため息をついてから、真面目に話を切り出した。
「ねぇ。アンタも気付いてるだろう? エレナの力のこと」
「はい」
「石にかけられた呪文封じの魔法を、あの子が破ったんだ。アタシですら壊せなかったのに。エレナの潜在能力は、計り知れないよ」
「そうですね」
「あの子はアンタを必要としてる。力になっておやりよ」
「それは出来ません。旅は危険を伴う。それに私の個人的な事情に、彼女を巻き込みたくないのです」
深緑の瞳は頑なだった。答えが覆らないと分かったポロンは、それ以上強くは言わなかった。諦めと切なさの混じった顔だ。
「そうかい。アンタは相変わらず、他人のことばかり考えるんだね」
栗色の髪と白いローブが風に揺れる。
メルフは返答せぬまま、淋しそうに夜空を仰いだ。