壊れた魔鉱石
次の瞬間、エレナの正面に光の結界が張られ、キアルスの手はそれに弾き返される。
「ぎゃあああああああ! 何だこれは!?」
おぞましい悲鳴が上がり、彼の手のひらは煙を上げ、火傷を負ったようにただれた。怪物は予想外の反撃にうろたえ、次の行動に移れないでいる。
「あなたなんかに、もう誰も傷付けさせない!」
私がみんなを守るんだ!
胸の奥に宿る、熱。
怪物をにらみ、強い決意のもと、エレナは杖を振り上げ叫んだ。
「落雷!」
雨雲がキアルスの真上に集まり、轟音と共に青白い光が彼の脳天を直撃した。
「あ、が……!」
焦げた臭いが広がり、怪物は白目を剥いて、ばったりとその場に倒れた。
彼の頭から黒煙が立ち上っている。辺りは時が止まってしまったかのような静寂に包まれた。
「何てことだい。呪文封じの魔法が破られるなんて」
ポロンはへたりと座り込み、砕けて力を失った魔鉱石を見つめた。
「エレナ。アンタ、もしかして──」
聞き慣れないつぶやきが漏れたのに、少女は気付かなかった。
数秒後、金属の擦れる音と足音が聞こえてきた。
王を守り、身を隠していたロゼが、気を失っているキアルスに近づいてきたのだ。そして殺気を放ちながら腰に差していた長剣を抜いた。
エレナはびっくりして思わず身構える。
「お待ちください、ロゼ殿下!」
遠くからメルフが風のように走ってきて、彼を呼び止めた。ロゼは剣をキアルスに向けたまま、メルフに厳しい視線を送る。
「博識の魔法使い殿。兄上はもう人間ではなくなってしまった。目を覚ます前にとどめを刺すべきでしょう?」
「いえ、まだ間に合うかもしれません。彼から邪悪な力を切り離せるか、やってみましょう」
メルフは杖をキアルスの身体の上に添え、闇魔法の呪文を唱えた。
黒い霧がゆっくりと這うように巨体から出てくる。それは杖を通してメルフに伝わり、身体に吸い込まれるようにして消えた。
苦しそうに眉を寄せ、彼は白いローブの上からぎゅっと胸を押さえる。
下を見ると、恐ろしい怪物は居なくなり、代わりに人の姿のキアルスがそこに横たわっていた。
「おお。すまんな、博識の魔法使い殿。さあ、キアルスを連れていけ」
ロゼの隣にマウルがやって来て、兵士たちに命じた。
キアルスは落ちていた灰色の外套を被せられ、連行されていった。
「兄上……」
ロゼは悲しそうな表情を浮かべ、キアルスを見送った。
兄の姿が遠ざかってから、彼はポロンに歩み寄り、手を差しのべた。
「治癒の魔法使い殿。この度は本当に申し訳ないことをしてしまいました。兄上に代わり、お詫び申し上げます」
「アンタが謝ることはないよ。真実は証明された。アタシは冤罪が晴れたら、それでいいんだからね」
ポロンは微笑み、その手をとってぴょんと立ち上がった。
広場に居た者たちは、皆、優しい笑顔になる。
ロゼはゆるやかな口調で言った。
「ありがとうございます。それに、博識の魔法使い殿と、お仲間も」
「ええ。構いませんよ」
メルフが穏やかにうなずくと、エレナや近くに居たアストラも笑ってうなずいた。
「あなたたちの勇気ある行動に、心から感謝します。では、僕はこれにて失礼します」
会釈をしたロゼは一瞬だけエレナを見て、歩き出した。
アストラがその様子をいぶかしげな瞳で見ている。
ロゼは兵士たちに怪我人の手当てをするよう指示してから、マウルや近衛兵たちと共に城へ帰っていった。
その後メルフとポロン、呪文封じの手錠を外してもらった教え子たちは、町の人々に回復魔法を施した。
そうして国中を混乱させた大事件は、誰も命を落とすことなく静かに終わりを迎えたのだった──。