戦闘
一体、何が起こったの?
エレナは変わり果てたキアルスの姿に恐れおののいた。もはや人間の面影はどこにもない。
「やべぇぞ。あいつ魔物になっちまいやがった」
アストラも驚きを隠せないようで、彼から視線を外せないでいる。
町の人々は悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑っていた。
「何をしている! 早くキアルスを取り押さえろ!」
マウルが立ち上がって大声で命令する。
あまりの出来事にしばらく動けなくなっていた兵士たちと処刑人は、我にかえって彼に掴みかかった。
「どけ! クズ共!」
キアルスは向かってくる彼らを力いっぱい殴り飛ばした。鎧がへこみ、彼らは地面に叩きつけられて動かなくなった。気絶してしまったのだ。
「あはははは! 口ほどにもない奴らだ!」
キアルスは石を握り潰して捨てた後、ぎらりと処刑台の方を見た。
「まずい! 避けな、アンタたち!」
キアルスの視線に気付いたポロンが、とっさに周囲の者たちへ叫ぶ。
空を舞った怪物は矢のように急降下してきて、彼女へ突撃した。
飛び退いて大きな拳を避けるポロン。
彼女の後ろにあった処刑台は、ど派手な音を立てて真っ二つに割れた。
そこに置かれていた椅子や、呪文封じの魔鉱石は遠くに転がり落ちていった。
マウル・ロゼ・アストラは、間一髪で台から飛び降りたが、魔法使いたちは一歩遅かったようで、何人かは地面に投げ出されていた。メルフは急いで回復と身体強化の魔法を周りの人間たちにかけた。
「大丈夫ですか!?」
地面に伏せていたエレナは、倒れた魔法使いたちに駆け寄る。見たところ無傷だが、彼らは立ち上がれない。手錠が邪魔しているのだ。
彼女は横たわる魔法使いたちを引っ張り起こし、叫んだ。
「逃げてください!」
彼らは戦えない。だから一刻も早くここを離れなければならないのだ。
魔法使いたちは真っ青な顔で、必死に走り出した。
「ちっ! すばしっこい奴だな」
舌打ちし、振り返ったキアルスの赤い目に、ポロンの姿が映っている。
「大人しくオレに殺されろ!」
「そうは行くかよ!」
アストラは剣を抜き、怪物に切りかかった。
キアルスは避けることなく、翼に攻撃を受けた。だが固い物にぶつかった音がしただけで、彼は平気そうに立っている。
「ふん。何かしたか?」
馬鹿にしたように聞くと、キアルスはアストラに殴りかかった。
アストラは反射的に剣で受けたが、力は断然キアルスの方が上。完全にくい止めることは出来ずにふっ飛ばされてしまった。
床に頭を打ちそうになったが、手を地についてすぐに態勢を立て直した。
「くそ! こいつ、剣は効かねぇのか!」
「彼も身体強化されているみたいですね。私が何とかします」
そう伝えるとメルフはすぐに魔法を唱えた。キアルスは顔以外の部分が全て凍り付いて、動けなくなる。
「は! こんな物でオレを止められると思うなよ!」
怪物は力任せに手足を動かして氷を砕き、何を思ったか遠くを見た。
「そうだ。いいこと思いついたぞ」
不敵に笑うキアルスは、処刑台の残骸や落ちていた椅子を民衆の背に向かって無茶苦茶に放り投げた。目にも止まらぬ速さだ。普通の人間が当たったら死は免れない。
「くっ!」
メルフは険しい顔で駆け出し、呪文を二つ唱えた。
キアルスの投げた物は、人々の身体にぶつかる前に竜巻によって上空へ舞い上がり、灼熱の炎で跡形もなく焼き尽くされた。
灰が雪のようにちらちらと空から落ちてくる。
町の者たちは皆、恐怖のあまり腰を抜かして泣き叫んでいた。
どうしてこの人は、関係のない人たちを巻き込むの? みんなの命を奪ってまで、そんなに王様になりたいの?
エレナはキアルスに酷く憤りを感じた。杖を握る手に力がこもる。
メルフが居なくなったわずかな隙に、キアルスは転がっていた魔鉱石をポロンに投げつける。
彼女はそれをかわして、怪物が次の攻撃を仕掛けてくる前に、呪文を唱えた。しかし魔法が一向に発動しない。
ふと足元に目をやると、紫の石が落ちている。呪文封じの魔法がかけられていた魔鉱石だ。
「しまった! 魔法を使わせないために、わざとこれを投げたのかい!」
策に気付いた老女の顔に、焦りの色が見えた。
「あはははははは! 死ね、魔法使い!」
勝ち誇ったキアルスが、尖った爪で彼女を切り裂こうとする。
いけない! 先生を助けなきゃ!
詳しい状況を知らぬエレナは、ポロンの前に躍り出て、杖を真横に持ち、呪文を唱えた。
「だめだよ! エレナ!!」
ポロンの切迫した声が響く。
それと同時に、落ちていた紫の石が粉々に砕け散った。