死刑執行
夜が明けて、処刑時刻も近付いた頃。
中央広場には大勢の人々がつめかけていた。
真ん中にある台には、呪文封じの魔鉱石が四方に置かれており、右端には美しい金細工の施されたひじ掛け椅子が、二つ並べられていた。
「ポロン先生。あれは?」
人混みの一番後ろ。紺のローブを着たエレナが、こっそり杖で椅子を指した。
ポロンは黒紫のチュニックにショールをすっぽり被り、顔を隠している。
「あれはたぶん、国王と第二王子の席さ」
「処刑に王様たちも立ち会うんですか?」
「普段は違うけどね。異例のことだよ。それだけこの事件は国に大きな影響を与えてるってことさ」
そんな会話をひそひそしていると、兵士がやってきて声を張り上げた。
「国王陛下のお通りだ! 道を開けろ!」
町の者たちはさっと広場の両端に寄り、深く礼をした。
エレナもそれに習って、しばらく頭を垂れた。
馬に乗ってやって来たマウルは、近衛兵を引き連れ、処刑台の上の椅子にどっかり座る。
その隣には、この国の第二王子である、ロゼ=ヴェスタルギアの姿があった。
中肉中背の身体に、獅子の紋章の入った銀の鎧。その上から赤い外套を羽織っている。
歳は二十歳すぎくらいだろうか。耳元まである髪は群青色をしており、長い前髪の隙間から、整った眉と二重の目が覗いていた。
王子が椅子に腰かけたところで、皆は姿勢を正した。
「見て、ロゼ様よ! 今日も格好いいわね!」
「あの涼しげな黒い瞳、素敵だわ~」
前方に居る若い女たちが小声ではしゃいでいる。
背伸びをし、彼を見たエレナは、確かに品のある好青年だなとうなずいた。ポロンは微笑を浮かべ、女子たちの様子を眺める。
「第二王子は相変わらず人気だね。あのひよっことは大違いだ」
「そうなんですか」
「キアルスは長子だから王位に一番近いけど、傲慢だから人望はさっぱりだね。その点、ロゼは、品位・容姿・強さの三つを兼ね備えている。王子でありながら近衛兵団の隊長も務めてるし、その上、平民の者とも分け隔てなく接しているんだ。町では次期国王を彼にという声も相当あるんだよ」
「なるほど。みんなから信頼されてるんですね」
彼がもし王座を継いだら、戦争なんて愚かな行為はしないかもしれない。
エレナはそうなったらいいなと、ひそかに願った。
「来たよ」
ポロンが目線で示した先を見ると、魔法使い十名が兵士に連れられ、台に上らされていた。彼らは皆、背に獅子の紋章の描かれた、ワインレッドのローブを身に付けている。両の手首には紫の石のはまった手錠をかけられていた。恐らくあれにも呪文封じの魔法がかかっているのだろう。
その後から、いかにも切れ味がよさそうな剣を持つ大男もやって来た。
とうとう処刑が始まるのだ。
辺りを見渡すが、メルフとアストラはまだ来ていない。たくさんの兵士と灰色の帽子を深く被った者が、エレナたちのまだ後ろにやって来ていた。
日が空のてっぺんまで上ってきた。告知されていた時間だ。
「これより、反逆者ポロンの仲間と思わしき、魔法使い十名の死刑を執り行う!」
台の上で、処刑人は堂々と宣言した。
「ポロン先生は、絶対、暗殺なんてしてません!」
「あの人は厳しいけど、本当は思いやりの深い人なんです!」
「きっとこれは何かの間違いです! もう一度調べ直してください!」
「罪人どもめ、口を慎め! 陛下の御前であるぞ!」
エレナとさほど変わらぬ年齢の魔法使いたちは、涙ながらに無実を訴えている。彼らは皆、師であるポロンのことを信じているのだ。
だが反逆者の言葉など聞き入れてもらえるはずもない。処刑人は恐ろしい形相で魔法使いたちに刃を向けた。
このままじゃ、あの人たちが危ない!
エレナはメルフたちの到着を待たずに、走り出そうとする。
「待ちな! その子たちは関係ないよ! 捕まえるなら、アタシを捕まえな!」
その時、横から大声が聞こえた。ポロンもこの状況に耐えられなくなったのだ。
皆の視線は彼女一点に注がれた。ポロンはショールを外し、町の者が開けた道をずんずんと歩き出した。
エレナは慌ててその後を付いていく。
「待て! 貴様、何をするつもりだ!」
処刑台の周りに居た兵士が、ポロンを拘束しようとし、手を伸ばす。
「今更どこへも逃げやしないよ! 邪魔だからすっこんでな!」
怒鳴り散らされて、兵士は顔を引きつらせた。
「来たか、ポロン。わざわざこの場に現れるとは、見上げた女だ」
マウルは思い通りに事が進んだのが嬉しいのか、満足げに笑っている。
ポロンは処刑台の下から、彼を不愉快な目で見据えた。
「国王陛下。アタシはキアルス殿下を殺しちゃいない。むしろこっちは襲われた方なんだ」
人々は驚嘆の声を漏らし、ざわついている。
「何を戯けたことを。目撃者も居るのだぞ?」
「本当にその目撃者は存在するのでしょうか?」
声高に尋ねる男。
エレナとポロンは、少しほっとした様子で声の主を眺めた。
フードを目深に被ったメルフは、悠然と歩いて処刑台の前までたどり着く。彼は杖を片手に、驚くマウルを真っ直ぐ見つめた。