公開処刑
夕方、エレナはへとへとになって、地下室へ帰ってきた。体力・気力共に限界だ。
彼女は大量の汗を布で拭き取ってから、置かれていた荷物の袋を枕にし、その場にばたりと横たわった。
ひんやりとした床が気持ちいい。棚にある骸骨は相変わらず怖いが、ポロンの作った偽物だと解ったので、見下ろされていても平気だ。
それに世の中にはもっと恐ろしい存在が居ると、彼女は知った。ポロンだ。
エレナの力に合わせて加減しているとはいえ、あらゆる攻撃魔法の応酬は、生きた心地がしなかった。ここ数日で寿命が半分ぐらい縮んだに違いない。
今こそポロンお得意の回復魔法を使って、疲れを癒して欲しいものだと思う。しかし頼んだところで、そんなものは自己治癒力で治しな! と、ばっさり断られるだろう。彼女の厳しさは、たぶん王国一だ。
そういえば、先生と出会った時、メルフさんの身に何があったんだろう。
天井を見上げながら、エレナはぼんやり考えた。
彼女はポロンの話がずっと心の奥に引っ掛かっていたのだ。
三年前といえば、魔王フォボスが大賢者ユーティスと戦っていた頃だ。もしや彼はどこかで戦闘に巻き込まれたのだろうか。
エレナは筋肉痛の身体を起こし、旅の荷物の中から【大賢者伝記】を取り出して読んだ。(村に置いてくるという選択肢は、彼女には最初から無かった)
何か手がかりはないかと思い、ページをめくっていくと、ある箇所で指が止まり、胸がどくんと跳ね上がった。
これって、まさか。
手に持った本が震えるほど、動揺した。信じられない。でも、思い当たるふしがいくつかある。
考えれば考えるほど、エレナの頭の中はぐるぐるしてきた。
「アンタ、何ぼーっとしてんだい?」
戻ってきたポロンに肩を叩かれ、思考の渦から引き戻される。慌てて本を閉じ、振り向くと、眉間に思い切りしわを寄せられた。
「えらく死にそうな顔してるじゃないか。ちょっと頑張りすぎたかい? 今お茶を淹れるから、ゆっくりしておきな」
ポロンは台に置かれた鍋に水を注ぎ、お湯を沸かし始めた。
エレナは、今、思い当たったことを、勇気を出して彼女に聞いてみようと思った。
「あの、メルフさんってもしかして」
「おい!! 二人とも大変だぞ!!」
最後まで言い切る前に、アストラがものすごい勢いで地下室へ転がり込んできた。
「何だい、騒がしいね! 一体どうしたっていうのさ?」
「とにかく、これを見てくれよ!」
アストラの手には一枚の紙。
立ち上がって見ると、それには『反逆者ポロンの関係者である、魔法使い十名を、明日の正午、公開処刑する』と書かれていた。
「そんな。国王は何を考えてるんだい! 教え子たちは関係ないじゃないか!」
ポロンはアストラから受け取った紙をきつく握った。ぐしゃりと乾いた音が、地下室に響く。
反逆者の仲間として裁かれるなら、極刑は免れない。恐らく全員、死刑だ。
エレナはポロンの気持ちを考えると、いてもたってもいられなかった。何とか助けてあげたい。自分に出来ることはないかと、必死で考えていた。
「これはポロン先生を捕まえるための罠ですね。こんな風に告知されたら、出ていかざるを得ない」
知らぬ間に部屋に入ってきていたメルフが、苦々しい表情を浮かべた。
エレナはちらっと彼を見て、まだそうと決まったわけじゃない、と自分に言い聞かせた。
アストラは怒りに満ちた瞳で床を睨んでいる。
「卑怯な野郎だぜ」
「どうにかして、処刑を止めなきゃ」
「アタシが行けば、最悪あの子たちだけは助かるはずさ。でも事件の真相が分からないんじゃ、弁解のしようがないね。調査の結果はどうだったんだい?」
「王室と取引のある大商人たちは、みんな王子を嫌ってたみたいだ。プライドは高いし、嘘つきだし、常に自分たちを見下してたって。町でも悪い噂しか聞かなかったぜ」
「私はメルフさんと、何度かお見舞いの品を持って行く振りをして、王子様の従者さんに話を聞いてみたの。でもね、何となく様子がおかしかったんだ。事件を目撃した人は、どこかに行っちゃったっていうし、王子様の詳しい状態も教えてくれないし。居住塔へ豪華な食事を運ぶのに忙しかったのかな?」
そこまで聞いてから、メルフは思い立ったように口を開いた。
「実は、この事件。私にはおおかたの答えが出ているのです」
「本当ですか、メルフさん?」
「ええ。お話ししましょう」
メルフは三人に自分の考えを説明して聞かせた。
皆は驚きを隠せない。しかし、彼の導き出した答えは、信憑性があった。
「私は明日、念のため彼の様子を確認してきます。それが終わったら、決着をつけましょう」
「分かりました! 頑張りましょう!」
「そうだね! アイツの思い通りには絶対させないよ!」
「仕方ねぇ。いっちょやってやるか!」
四人は同じ目的の元、固くうなずき合った。
傍らの鍋からは、沸き立つ音と熱い湯気が、もうもうと上がっていた。
公開処刑は明日正午。
エレナたちの無実をかけた戦いが今、始まろうとしていた。




