尋問
──「うーん……」
エレナが目を開けると、視界に薄暗い床が見えた。先ほどと同じ部屋だ。
ぼんやりとした頭で、自分が倒れていることを理解する。
どのくらいの間、気絶していたのだろう。固い場所に寝転がっていたせいで、身体のあちこちが痛かった。
そうだ! 私、ここから逃げなきゃ!
はっと気が付いて身体を起こそうとするが、動けない。手足を縄で縛られているのだ。
エレナは壁まで這っていき、やっとのことで上半身を起こした。視界が悪く、彼女を捕らえた者の姿は見えない。
どうにかして縄を解かなければ、と自分を奮い立たせ、役に立ちそうな物がないか辺りを見回した。
そういえば部屋の真ん中にナイフが置いてあったはず。あれを使えば何とかなるかも。
はっきりしてきた記憶を頼りに、彼女は身を乗り出して台の上を確認した。
しかし気を失う前とは違い、台には大きな骸骨が一つだけ置かれている。その上にろうそくが立てられており、恐ろしい雰囲気を醸し出していた。
「起きたか、娘よ」
「ひゃあっ!」
エレナは尻が浮くほど床から飛び上がった。
骸骨から地を這うような声がしたのだ。その両目も青く光り出している。
震える少女に構わず、骸骨は話を続けた。
「質問に正直に答えろ。お前は何故ここに来た」
「は、はい。魔法使いの先生を探しに来ました」
深呼吸をして必死に鼓動を落ち着かせてから言った。恐怖で声がうわずる。
「お前はヴェスタ王国の関係者か?」
「いえ、違います」
「では何故、家に入ってきた?」
「ドアが開いていたので、誰か居るのかなと思って」
「中で隠し部屋を見つけただろう。あれは本棚を触らなければ、見つけられないはずだ。お前はあそこで何をしていた」
「えっと……たまたま触ってしまって」
魔法書を勝手に触ったことを責められると思ったエレナは、ついごまかしてしまった。
「嘘をつくな!」
すくみ上がるような怒鳴り声が響き、骸骨の目が真っ赤に光った。
「きゃー! ごめんなさい! 実は魔法書が読みたくて、触ってしまいました! あんなに素敵な本、初めて見たんで! 本当にごめんなさい!!」
涙目で謝ると、不穏な沈黙の時間が流れた。
「……ふむ。嘘はついてなさそうだね」
可愛らしい女の声がして、骸骨の目が光を失う。
その後で突然部屋が明るくなった。天井にぶら下がる魔鉱石が、白い光を放っている。
眩しさに一瞬目を閉じてから、エレナはそっと部屋の様子をうかがった。
そこに姿勢良く立っていたのは、背が低くぽっちゃりとした愛嬌のある老女だった。
先の垂れた黒紫の三角帽の下から、ぴょんと跳ねた薄茶色のくせっ毛が見えている。細眉は斜めに緩く上がっており、瞳はオレンジ色をしていた。銀色の五芒星の首飾りが、帽子と同じ色のチュニックにとても映えていた。
「あなたは?」
「アタシのことより、まず自分から名乗りな」
ろうそくを吹き消し、骸骨を棚に片付けながら、老女はびしっと言った。気の強そうな人物である。
「私はエレナといいます。ルピスという村からこの町に来ました」
「なるほど、旅人かい。薄々そんな気はしてたけどね。──ああ、悪いけど眠ってる間にアンタの荷物を調べさせてもらったよ。勝手に入ってきたし、泥棒かと思ったんでね」
女は少女の縄をほどき、部屋の隅に置かれた袋を指差した。
「ごめんなさい。私、ここに住んでる先生を探してたんです。ある人に紹介してもらって」
「何だい! それならそうと早く言ってくれればいいのに!」
言おうにも気絶させられていたのだが、という反論はあえて飲み込んだ。
「ところで、先生がどこに行ったか知りませんか?」
「何言ってるんだい。目の前に居るじゃないか!」
「へ?」
まさか、とエレナは思った。老女は腰に手を当て、自信満々に名乗った。
「アタシの名は、ポロン。ヴェスタ王国最高位の大魔法使いさ!」