運命の出会い
「何よ! あんな言い方しなくてもいいじゃない! アストラのバカ!」
不機嫌な顔で一人ぶつぶつ文句を吐きながら、エレナは村の小道を歩く。アストラに夢を否定され、出来ないと決めつけられたのが悔しかったのだ。
私だって、もっと魔法が上手くなりたい! 好きで失敗してるわけじゃないのに!
「おやおや。エレナちゃん、えらくご立腹だねぇ」
「しっ! 今は話しかけない方がいい。触らぬ神に祟りなしだ」
エレナを見かけた村人たちは内緒話をしてから、せっせと畑を耕して彼女に気付いていないふりをする。またエレナも今誰かに声をかけられたら八つ当たりしてしまいそうだったので、脇目も振らず前へ進んでいった。
荒ぶるエレナとは対照的に、村は今日も穏やかだ。残虐なる魔王フォボスが倒されてから、魔物は数が減り、姿を見せなくなっていた。とはいえ、たまに現れることもあるので、村の男たちやアストラが、仕事の合間に見回りをしているのだが。
ほどなくエレナは、村の中心に建つ小さな孤児院に帰ってきた。そこは教会に併設されており、牧師が身寄りをなくした子供たちの面倒をみている。
中庭で子供たちが楽しそうに走り回っているのを、エレナは横目で眺めた。みんな元気で可愛らしい。ほんわか優しい気持ちが湧いてきて、怒りが急にしぼんでいく。
エレナは自分の部屋に入り、本を棚にしまってから、古ぼけた魔法書と丈夫で粗末な木の杖を手にした。
「エレナお姉ちゃーん!」
外に出て少し歩くと、向こうから誰かが手を振り走ってくるのが見えた。エレナはそれに応えて手を上げた。
「リリー!」
「お姉ちゃん、村長さんのお手伝い、終わったの?」
「うん。これから魔法の特訓に行くところだよ」
「そっか。早くまほう使えるようになったらいいね。あの大けんじゃ様みたいに!」
この茶色い髪を三つ編みにしている、可愛らしいたれ目の少女──リリーは、孤児院でエレナと同じ部屋に住んでいる。年は五つも離れているが、血の繋がった姉妹のように仲良し。
リリーはエレナと一緒にしょっちゅう【大賢者伝記】を読んでいたため、彼女の将来の夢をよく知っていた。
「頑張ってはいるんだけどね。全然うまくならなくて、嫌になっちゃう! アストラにもバカにされるしさ!」
エレナが唇を尖らせて言うと、リリーはうなずいて眉を寄せた。
「そうなんだー。アストラ兄ちゃん、すぐ余計なこと言うもんね!」
「でしょ! ほんっと、何であんなに絡んでくるんだか!」
「たぶん、ヒマなんじゃないかな? だっていっつも、剣持ってぶらぶらしてるし」
確かに! と二人は笑った。村の治安維持に貢献しているというのに、気の毒な言われようである。今頃、アストラは盛大にくしゃみをしていることだろう。
「そういえば、リリーに言ってなかったけど、火の魔法、ほんのちょっとだけ出来るようになったんだよ」
「えっ! そうなんだ! 見せて見せて!」
リリーの瞳がキラキラと輝いたので、エレナは思わず頬を緩めた。
「いいよ。ほら。こうやって、杖を立てて──」
エレナがゆっくりと火の呪文を唱えようとした、その時だった。
「感心しませんね。こんな所で魔法の練習とは」
深みある凛とした声と同時に、後ろから杖のてっぺんを押さえられた。エレナが驚いて振り向くと、そこには白いローブをまとった長身の男性がいた。
顔はフードを被っていてよく見えない。ただ、どことなく高貴で知的な雰囲気を醸し出していた。
知らない男の人だ! 後ろに居るの、全然気付かなかった!
どぎまぎしながら、エレナは言い訳をした。
「でも私、とても小さい火しか出せなくて」
「しかし次は炎が上がるかもしれない。そうなれば、この辺り一帯が焼け野原になってしまいますよ?」
「……ごめんなさい」
言われてみれば確かにそうだなと思って、素直に謝ると、男はにこりと笑って杖から手を離した。
「分かってくれれば良いのです。自分の持つ魔力を侮ってはいけませんよ」
彼は穏やかな口調でそう告げると、風のようにその場を立ち去った。
「だれだろう、今の人」
「不思議な人だったね」
ぼんやりとその後ろ姿を眺めてから、エレナとリリーは顔を見合わせた。
「でも、どこかで見たことあるような?」
二人揃って一緒のセリフをつぶやいたので、何だかおかしくて大笑いしてしまった。