忘れ物
──「まさか弟子入り予定の奴が、暗殺者とはな。全く、とんでもねぇことになってきたぜ」
メルフと別れ、中央広場へ向かう途中。
アストラが手を頭の上で組み、空を仰ぎながらぼやいた。
先ほどからエレナは、うつむいたまま物思いにふけっている。
「これからどうするつもりだ?」
アストラが珍しく遠慮がちに尋ねると、エレナはやっと難しい顔を上げた。
「ねぇ、アストラ。王子様の暗殺は、本当にその先生がやったのかな?」
「あ? 何でそんな風に思うんだ?」
「だってあのメルフさんが推薦してくれた人だよ? そんなことするなんて、やっぱり考えられない」
「お前はあいつのこと、信用しすぎなんだよ」
アストラは半目になり、呆れたように言った。
「でも、アストラだってメルフさんに、いっぱい助けてもらったじゃない。それでもまだ、あの人のこと疑うの?」
「ぐ。そこはまあ、評価してやるけど」
「もしその先生が無実なら、何とかして助けてあげたいよね。でもどうすればいいのかな」
エレナは考えをまとめようと、ぶつぶつ独り言を唱え始めた。思考を巡らす彼女を、アストラは横から止めに入る。
「お前なぁ、余計なことに首突っ込むなよ? 国相手に喧嘩するなんて、命がいくつあっても足らねぇぞ」
「大丈夫! 分かってるから!」
「どこがだよ! 絶対、面倒なこと考えてるだろ!」
アストラはしきりに大人しくしとけ! と諭すが、エレナはそれを右から左へ受け流し、自分の中での決定事項を述べた。
「私、とにかく先生を探してみる! この事件が片付かなきゃ弟子にもしてもらえないし!」
そう言いつつ、早く解決してメルフさんに魔法を教えてもらわなきゃ! と、彼女はこっそり奮起した。
するとアストラは急に真顔になって立ち止まり、エレナを見据えた。
「お前さ、その先生に頼んであいつに弟子入りするつもりだろ?」
密かな企みをあっさり言い当てられ、エレナはぎくりとした。さすがは幼なじみ。彼女の思っていることなど、すでにお見通しのようだ。
「お前が強くなりたいのも、戦いから逃げようとしないのも、四年前のことを後悔してるからか?」
振り返れば、いつもとは違う、悲しげな眼差しと声色。
エレナは図星を突かれ、言葉に詰まった。
──燃え上がる村。逃げ惑う人々。魔法使いの後ろ姿。そこに迫る黒い影。
四年前の記憶が断片的に頭をよぎる。
彼女は両の拳をぎゅっと握り締め──ふと、何かが足りないと、違和感を覚えた。
「あれはどうにも出来なかった。間違ってもお前のせいなんかじゃねぇ。だから」
「あーーーーーーーーっ!!」
エレナの突拍子もない声に、彼の話は掻き消される。
「おい! 何だよ、いきなり!」
「ごめん、アストラ! 私、さっきの場所に杖忘れてきちゃった! 取ってくるから先に行ってて!」
彼女はまくし立てるように言うと、ばたばたと走り去ってしまった。
「頼むからこれ以上、心配させんなよ」
一人残されたアストラは、周囲に聞こえない声で、エレナの背中に文句を投げた。
数分後、エレナは魔法使いの家の前まで戻ってきた。ありがたいことに、怖い顔の兵士はもう居ない。
裏手の草むらを探ると、すぐに忘れ物が見つかった。
「ああ、良かった」
エレナは安堵して、父の名が刻まれた杖を胸に抱き締める。それを背中の袋にしまい、急いでアストラを追いかけようとした。
その時、遠くからドアの閉まる小さな音が耳に届いた。
エレナは不思議に思い、屋敷の正面に回ってドアの取っ手を握る。
軋んだ音を立てて、それは大きな口を開けた。
鍵が開いてる。誰か居るの?
エレナは不安を感じながらも、好奇心に突き動かされ、吸い込まれるように中へ入っていった。