反逆者
しばらくしてから三人は、魔法使いの家がある町の東側を目指した。
のっぽな建物が集中していた中央区に比べ、こちらは緑がたくさんある。城や町へ供給する農作物を、ここでまとめて栽培しているようだ。
「それにしても、兵士の方が多いですね。何かあったのでしょうか」
すたすたと歩きながら、メルフは不思議そうに辺りを見回した。
言われてみれば、確かに鎧を着た男たちがうろついている。
城の近くなら警備が手厚いのも分かるが、なぜこんな人気のない場所にまで、彼らは出向いているのだろう。
疑問を抱きつつ足を進めていくと、三十分ほどで目的地が見えてきた。
住宅街からずっと離れた町外れ。
群れることを嫌うように、つたの巻いたレンガ造りの屋敷がひっそりと佇んでいた。近くを流れる水路から、心地良いせせらぎの音が響いている。
「こんにちは! 先生、おられますか?」
メルフが玄関のドアを叩いて呼びかける。しかし返事はなく、鍵もかかっているようだ。
「誰も居ないんでしょうか?」
エレナは家の裏手に回り、腰窓の枠に手をかけ、背伸びして中を覗きこんだ。
「貴様! そこで何をしている!」
「ひゃあっ!」
背後から大声で怒鳴られ、エレナはびっくりして尻餅をついた。手から離れた粗末な杖が、遠い草むらの中に落ちる。
「痛たたた……」
エレナは尻をさすりながら、うめき声を上げた。幸い荷物を背負っていたお陰で、ダメージは少ない。
彼女は眉を寄せ、後ろに立つ声の主を見上げた。
視界に入ったのは、鎧姿で剣を携えたおっかない人物。兵士を見たのは、これで何度目だろう。
うわ、まずい。怒られる、と瞬時に悟り、彼女は焦った。
「大丈夫ですか、エレナさん。申し訳ありません、私の連れです」
怒鳴り声を聞きつけたメルフが足早にやって来て、エレナの手を取り立ち上がらせた。
そして、睨みをきかせる大柄な男に笑って会釈をした。
アストラも慌ててそこへ走ってくる。
兵士は三人の容姿をじろじろ見てから、無愛想に言った。
「見かけん奴らだな。旅の者か?」
「はい。ここの家主に用事があって来ました」
「何!? 貴様、あの者の知り合いか!? 奴の居場所に心当たりはないか!?」
兵士が突然、血相を変えて詰めよってきたので、メルフはすっぱり否定した。
「いえ、残念ながら分かりません。私たちは今日、ここに着いたばかりですので」
太眉をつり上げ身を乗り出していた兵士は、そうか、と残念そうにため息を一つ吐いた。
「奴はここには居ない。現在、逃走中だ」
「逃走? なぜそんなことに?」
「何だ、知らないのか? あの反逆者は、第一王子キアルス様を暗殺しようとしたんだ。今、国をあげて奴の行方を追っている」
「ええっ!? 暗殺ですか!?」
エレナは大きく目を開け、表情を強張らせた。国家の頂点とも言える人物を殺そうとは、穏やかではない話だ。
しかもその犯人は、尊敬するメルフが紹介しようとしていた人物なのだから、彼女の驚きもひとしおだった。
メルフは信じられないといった面持ちで首を横に振っている。
「そんな。先生が暗殺など、考えられません」
「現にキアルス様は重傷を負って、生死をさ迷っているらしい。しかもその状況を見た者が居るんだ。疑いようがないだろう」
兵士に重い口調で断言され、メルフは右手を口元に持っていき、二人の方を見た。
「エレナさん、アストラさん。どうやら私たちの知らないところで、大変な事件が起こったようです。私は今から城で事情を聞いてこようと思います。申し訳ありませんが、お二人はどこかで待っていてもらえますか?」
「はい。分かりました。中央広場で待ってます」
エレナは不安を隠しながら素直にうなずく。アストラは厳しい表情で、分かったと短く言った。
「では、また後で落ち合いましょう」
メルフは颯爽とローブを翻し、目前に迫るヴェスタ城へと向かったのだった。