対策と罠
楽しい食事が済んでから、エレナたちはミョルニの案内で、村の奥地にある洞穴までやって来た。
中は広く、左右の壁には複雑な形をした古代文字が刻まれている。
祭壇までの道のりは、ひたすら真っ直ぐだった。壁に取り付けられたランプには明かりが灯されている。
そのいくつもの淡い光が、とても幻想的な雰囲気を作り出していた。
「これは興味深い」
メルフは歩きながら、壁の文字を食い入るように見つめている。
その後ろでエレナは、何だかミミズが這った跡みたいだなぁと、失礼なことを思っていた。
五分ほど歩くと、石が祀られている祭壇の前に到着した。
恵みの石は、大きな鳥の描かれた箱に入れられ、緑の光を放っている。
「双方の壁には神への祈りと感謝が。ここには『我が親愛なる小人族と大樹の森に、護りの力を与える』と書かれていますね」
箱に記された文字を見ながら、彼は言った。ミョルニはのけぞり驚きの声を上げる。
「古代文字が読めるのですか!?」
「ええ。以前、教わったものですから」
「さすが博識の魔法使い様ですね! 実のところ僕たちは、ここに何が書かれてあるのか解らないのです。はるか昔、僕たちの先祖は古代文字を使っていたそうなのですが、長い年月の間に廃れてしまって。
この恵みの石は、僕たちの先祖が妖精族の王からいただいたものらしいです」
「その王様の名は?」
「ネルバ=ニュンフェ様でしたか。素晴らしい力の持ち主だったと聞いております」
「ネルバ=ニュンフェ……」
噛み締めるようにつぶやき、メルフは口角を上げる。
エレナはその名に少し引っ掛かりを覚えていた。憧れの大賢者と似た名前。偶然だろうか。
二人の会話を聞いていたアストラは、祭壇を親指で差し、呆れ顔でミョルニへ言葉を投げた。
「お前ら、もうちょっとお宝を隠せよ。こんな目立つ所に置いたら、盗ってくれって言ってるようなもんだろ」
「うーん。一応、仲間と交代で見張りをしているんですが、今回のこともありますし、別の方法を考えないとだめですね」
「よし。今度は絶対取られねぇようにしようぜ。罠を張るのはどうだ? 石を持ち上げたら、矢が飛んでくるようにするとかよ」
「祭壇の前に落とし穴を掘るのはどうかな?」
「私も持参の魔鉱石に、誘眠と痺れさせる呪文をかけて、祭壇に置いておきましょう」
たくさんの案を出す、アストラ、エレナ、メルフ。
こうして翌日、何重もの仕掛けを張り巡らせた、恐怖の空間が出来上がることとなるのだった。
おっちょこちょいな小人が、うっかり恵みの石を触らないよう、祈るばかりである。
──「失敗したか、ティシフォネ」
所変わって、ある王国の豪華な一室。
白を基調とした居心地の良い部屋に、重く威圧感のある声が響いた。
「申し訳ありません! あの男の邪魔が入ってしまいまして」
薔薇のように美しい女が、上等なひじ掛け椅子に座る男の後ろでひざまずいている。
刻々と過ぎる息苦しい時間。彼女は背中に冷や汗を滲ませながら、主人の次の言葉を待ち続けた。
「まあいい。貴様の力では、奴に傷一つ負わせることも出来んだろうからな。情報を漏らす前に離脱して正解だ」
「ああ! 慈悲深いお言葉、心より感謝いたします!」
ティシフォネは目を閉じ頭を低く下げた。男は更に厳しい口調で警告をした。
「奴は頭の切れる男だ。もっと慎重に動くがいい。万が一にも気取られるな」
「はい。心得ております。今回は失敗してしまいましたが、他は万事順調ですわ」
「そうか。ならいい。下がっていろ」
言葉少なに命令され、彼女は優雅にお辞儀をして部屋を立ち去った。
「博識の魔法使いめ。相変わらず忌々しい男だ」
立ち上がる、黒いローブを身に付けた男。開いた窓から闇に染まった町並みを見下ろして、彼は切れ長な赤い目をすっと細めた。
その胸に、底知れぬ怒りと憎悪を煮詰めながら──。