迷いの森
──「さあ、そろそろ行きましょうか」
火を杖から出せるようになったところで、メルフから声がかかった。
三人は森に足を踏み入れる。メルフはすぐに背負っている袋から地図を出し、方角を確認した。
「エレナさん、アストラさん。絶対に私から離れないでくださいね」
そう念を押してから、彼は二人を先導し歩き始める。エレナは緊張した面持ちで、辺りを見回した。
森の中はとても神秘的な空間だった。何百年も昔からここに存在しているであろう大樹が、いくつもそびえ立ち、葉を青々と生い茂らせている。時折、小鳥のさえずりが澄んだ空気に響き渡っていた。
平原と違い、地面は草木が好き放題に伸び、三人の足取りを容赦なく阻んだ。地図を頼りに木々の太い根をまたぎ、小川を飛び越え、道なき道を進んでいく。
「くそ! もっとましな道はねぇのか? 歩きにくくてしょうがねぇ!」
数分後、アストラが不機嫌な表情をして、メルフの背中に言葉を投げた。彼は振り向いて眉間にしわを寄せる。
「はい。残念ながら、この【迷いの森】を通らねば、ヴェスタ王国にはたどり着けません。暗くなるまでに、出来る限り進みましょう」
「ちなみに到着までどれくらいかかりそうですか?」
「そうですね。休まず歩いたら、五日ほどかかります」
「五日もかよ! どんだけ広いんだ、この森野郎が!」
アストラが早くも八つ当たりを始めた。もちろん森からの返事はない。王国に向かう道がここしかないのなら、怒っても仕方ないのだが……彼の性格上、言わずにはいられないのだろう。
文句言うなら付いて来なきゃ良かったのに。ほんと困った奴!
エレナはじとりと彼を見て、黙殺した。
彼女はメルフの姿を急いで追いかける。青年は二人のペースに合わせてくれているようで、時々後ろを振り返り、足を止めた。
二時間ほど歩いただろうか。突然、辺りに霧が出てきた。森もどんどん深まり、うす暗くなる。
不意にエレナはあることを思い出して、心配になった。
「メルフさん。私たち、無事に森を抜けられるでしょうか?」
「なぜそんな風に思うのですか?」
「前に村の人が噂してたんです。迷いの森にはいたずら好きの小人たちが住んでるって。彼らに目をつけられると、入り組んだ森の奥に誘われて、外へ出られなくなるって」
一般的に森が危険と恐れられる理由は、二つある。一つは魔物に遭遇する確率が高いから。あと一つは迷ったら最後、生きて帰ってはこられないからだ。
というのも、目印になるものが森にはない。同じような風景が延々と続いており、自分がどこを歩いているのか分からなくなるのだ。森を歩いた経験のないエレナには、王国はおろか村への帰り道さえ、もはや見当もつかなかった。
メルフはエレナの不安な瞳を見つめ、優しく微笑んだ。
「確かにここには小人がいます。ですが彼らは基本的に大人しい種族。無闇に森を荒らしたり傷付けたりしなければ、危害を加えたりしませんよ」
「しっかし、気味がわりぃな。魔物とか出そうだぜ」
アストラは周りを警戒しながら言った。エレナも悪いことが起こりそうな予感がして、白く霞んだ景色に目を凝らした。知らぬ間に鳥の声が止んでいる。早くここを抜け出したくて、足を速めると、急にメルフが立ち止まった。
「何か来る」
草をかき分ける音が次第に大きくなる。木の影から現れたのは、身長九十センチほどの人たち──小人族だった。
幼い子供のような容姿に若草色の服と帽子。髪色は水色、ピンク、薄紫、黄緑、オレンジと様々だ。数は十人ほどか、もっと隠れているかもしれない。彼らはエレナたちを取り囲み、つぶらな瞳をこちらへ向けている。
「あの、どうも、初めまして」
エレナは目を丸くしたが、その可愛らしさに笑みを浮かべて、一礼した。
だが小人たちは口々に意味不明な言葉を叫び、一斉に弓を構えた。
「危ない!」