秘められた力
「火炎!」
熱風と共に、手のひらの少し上から、燈色が立ち上る。
一メートル超えの、見たことがないほど大きな炎だ。
うわ、すげぇ! と後ろでアストラが叫んでいるのが聞こえる。エレナは目の前の光景に息をするのも忘れた。
これが、私の力──!?
「エレナさん! 早く火が消えるよう念じてください!」
メルフの慌てる声がして、彼女はハッとなる。そしてすぐに、消えろ! と頭の中で火に命令した。高く燃え上がっていた炎は、幻であったかのように跡形もなく失せた。
「やった! 火の魔法、出来たよ! 今の見てた?」
エレナは喜びのあまり、ぴょんぴょん飛び跳ねてから、アストラの方を向いた。
「ああ。お前、やるじゃん」
彼は目を見開いたのまま言葉少なに誉めた。どうやら、びっくりしすぎて、からかう余裕すら無くなってしまったらしい。
「これは一体どういうことでしょうか」
エレナとは対照的に、メルフは難しい顔で独り言を漏らした。珍しく動揺しているのが見てとれる。
「あれ? 私、何かまずいことしてしまいましたか?」
彼女は異変を察知し、そっと尋ねた。
「いえ、そうではないのですが。あなたの使った初級魔法【火炎】は、本来なら片手の大きさくらいの炎が出るのです。しかし、あなたの出した炎は明らかにそれより上位のもの。魔力も先ほどと比にならないくらい、増加していました」
「メルフさんは、私の魔力の大きさが分かるんですか?」
「ええ。魔法使いは皆、たくさんの技を覚える過程で、魔力を感知する経験を積むので、他人が持っている力もある程度分かるようになるのですよ。しかし、魔力が減るのはともかく、ここまで急激に増えた人は今まで見たことがありません」
彼は驚きを隠せない様子で考え込んでいる。それはエレナも同じで、自分のやったことにまだ現実味がない。あんなに炎が出せるとは彼女も思っていなかったのだ。
私には、人と違った力でもあるんだろうか?
彼女はずっと自分のことを、簡単な魔法すら使えない、能なしの落ちこぼれだと思っていた。だが実際は正しいやり方を知らぬだけで、本当はそうではないのかもしれないと気付いた。
憧れである魔法使いになれる可能性が見えてきて、嬉しい反面、自分の持つ未知なる力が少々恐ろしく感じられた。
エレナが不安な目をしていると、メルフは励ますようにその肩を叩いた。
「心配いりませんよ。魔力を捉える練習は大成功です。少し予想外の威力でしたがね。あなたの不思議な能力は、しばらく様子を見ていくとしましょう。あとは集まった魔力を杖に移して、火を自在に動かすことが課題ですね」
「ちょっと待てよ。今、こいつの手から直接火が出たろ? 何で杖を使う必要があるんだ?」
アストラが腕組みをして不思議そうに聞いてくる。メルフは丁寧に説明をした。
「手から直接魔法を放ってもいいのですが、杖を介した方がより魔法の軌道を操りやすいのです。それに魔力の消費量も少なくて済みますし、万が一失敗しても、けがをする可能性は低くなります」
「……あんな大きな炎、私に使いこなせるでしょうか?」
「大丈夫です。最初は難しいかもしれませんが、何度も訓練すれば必ず出来ます。それに、いざとなったら私が水の魔法で消火して差し上げますので、ご安心を」
人差し指を立て、にっこりと笑うメルフに、エレナは滝のような水を浴びせられ、びしょびしょになる自分を想像した。
うん、絶対それは嫌だ。ちゃんと操れるように頑張ろう。
こうしてエレナはアストラの見守る中、メルフとの魔法の練習にしばらく時間を費やしたのだった。