理由
メルフは興味深そうに、それでいて真剣に尋ねてきた。全てを見通してしまいそうな深緑の瞳が、こちらを向いている。
エレナは少し恥ずかしくなったが、じっと彼を見据え、力強く言った。
「みんなを──大事な人を守れるだけの力が欲しいんです。もう誰も、失いたくないから」
言い終わると杖を持つ手が強張った。昔のことを思い出しかけて、エレナはとっさに目を伏せる。アストラは彼女を一瞥し、口を固く結んでいた。
メルフはエレナの態度を見て何かを察したのか、それ以上詳しく聞いてこなかった。
彼女は込み上げてくる悲しみを必死に押し殺していたので、その心遣いがとてもありがたかった。
順調に平原を進み続けていくと、いつの間にか太陽が一番高いところまで昇っていた。
三人は一旦荷物を下ろし、地面に座って軽く食事をとった。森の入口はもうそこまできている。
食べ終わって一息ついてから、メルフは少女にある提案をした。
「さて、エレナさん。森へ入る前に、一度魔法を見せてもらえませんか?」
「え? どうしてですか?」
「ここからの道は、獣や魔物に出会いやすく、危険が伴う。なのであなたの力がどれほどのものか、この目で確かめておきたいのです」
「わ、分かりました」
メルフさんに魔法を見てもらえる!
エレナはドキドキしながら杖を握り、立ち上がった。後ろから男二人の視線を感じる。
彼女は、また失敗するかもしれないと不安でいっぱいだったが、いいところを見せなければと思い、張り切って呪文を唱えた。
すると次の瞬間、杖の先から小さな火がぱっと浮かび上がり、すぐに消えてしまった。
「やっぱり下手くそだな」
アストラの冷静な一言が、ざくっと胸に突き刺さった。大ダメージだ。
がっくり肩を落としていると、メルフは慰めるように優しく声をかけてきた。
「仕方ありませんよ。エレナさんは魔法を基礎から勉強していないのですから。むしろ誰にも教わらず独学で火を出せるようになったのは、なかなかすごいことなんですよ」
「そうなんですか?」
エレナは初めて自分の魔法を誉めてもらえて、とても嬉しくなった。知らず知らず頬を緩めていると、メルフは彼女に近付いて腕を組んだ。
「しかし呪文をただ一生懸命に唱えるだけでは魔法は成功しません。まず自分の持つ魔力を、しっかり把握することが大切です」
「把握ですか」
「そうです。実のところ、ほとんどの人が魔法を使えない原因はそこにあります。例え魔力をたくさん持っていても、それを認識するのが非常に難しいのです。だが、あなたは自分の意思で魔法を発動させることに成功している。練習すれば、コツをすぐ掴めるかもしれません」
メルフは優しい笑みを浮かべ、人差し指を立てた。
「試しにやってみましょう。杖を置き、目を閉じてください」
エレナは素直に指示に従った。メルフの声が真っ暗な視界の中、響く。
「呼吸を整え、両手を胸に当てて、身体の中心に光が集まってくるのを、強く想像してください」
彼女は言われるままに光を思い描く。次第に手が重く熱くなってきた。不思議な感覚だ。
「力が十分に集まったと感じたら、腕を伸ばし、両方の手のひらを上に向けて、もう一度呪文を唱えてみてください。きっと上手くいきますよ」
落ち着いた声色に、緊張がほぐれていく。先ほどと違い、今度は成功するような気がした。メルフの言葉には、何とも言えない安心感があったのだ。
大丈夫。絶対、出来る。
エレナは目を開き、意を決して呪文を唱えた。