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【いしのまほうつかい】~豆粒ファイアしか出せない少女、大賢者になる~   作者: 架け橋 なな
第八章 魔王と神と最後の審判

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巡り会う奇跡

──一方、その日の夕方にエレナとアストラは、魔法で懐かしい故郷へ帰ってきた。



 ルピス内をすぐさま走り回って確認をすると、リリーや村の者たちは、嬉しいことに全員無事であった。ヴェスタ王国の魔法使いたちが結界を張り、火の玉の威力を弱めてくれていたからだ。


 再会したリリーとエレナは、がっちり抱擁し大泣きした。二人は村の人々が見守る中、生きている喜びを目一杯分かち合った。



──それからエレナとアストラは、ルピスでの生活へと戻った。次の日にユーティスは村を訪れ、しばらく忙しくなると告げてから、エレナたちの前に姿を現さなくなった。


 大賢者という立場上、色んな仕事に追われているのだろう。忙しいところを邪魔してはいけない。


 そう理解しつつも、淋しさと会いたい気持ちが山のように積み上がっていった。



 ユーティスさんに、このまま会えなくなったりしないよね? 



 言い様のない不安を抱えながら、平穏な毎日を過ごす。



 あの日ユーティスは、これからのことを思案し、迷っているようだった。呪いが解け、大きな旅の目的を果たした彼は、次にどう歩みを進めるのか。エレナには全く予想がつかなかった。



──魔王との決戦から二週間が経った。



 昼すぎ。雲一つない空とは裏腹に、肌寒い空気がルピスを包んでいる。


 藍色のローブ姿のエレナは、村長に頼まれた仕事を終え、村の広場の椅子に座って【大賢者伝記】を読んでいた。ここへ帰ってきてから、日課が復活したのだ。


 いつものように文を目で追いながら、エレナは愛する人に想いを馳せる。ユーティスは今、どこに居るのだろう。元気にしているだろうか。一人で悩んでいないだろうか。



 彼の慈しみに満ちた笑顔が、どうしたって頭から離れない。



「エレナさん」



 この声は……! 



 ひときわ大きな心音が鳴り、弾かれたように振り向いた。そこには蒼い首飾りと白いローブを身に付けた、綺麗な男が立っていた。



「ユーティスさん!」



 エレナは本を両手に持ち、嬉々として椅子から立ち上がる。ユーティスは柔らかい笑みを浮かべ、軽く会釈した。



「お久しぶりです、エレナさん。お元気でしたか?」


「はい! とっても! ユーティスさんは?」


「ええ。元気でした。実は今日、エレナさんにお話があって来たのです。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」


「はい! 大丈夫です!」



 話って、一体何だろう? 



 エレナは緊張した面持ちで、ユーティスと丘の上まで歩いた。そこは木々がまばらに生えており、民家や孤児院、広大な田園が一望出来る場所だ。人は誰もおらず、小鳥たちのお喋りの声だけがわずかに聞こえていた。


 ユーティスはエレナの右隣でのどかな景色を見下ろしながら、話し始めた。



「二週間前、ミョルニさんたちの様子を見に行った時、おばあ様からランドルグへ来ないかとお誘いがありました」


「そうなんですか! 嬉しいですね! ネルバさん、ユーティスさんのこと、全然嫌ってなかったでしょう?」


「はい。とても優しく接してくださいました。話せて良かったです。おばあ様は今後、妖精族の生き残りを探してみたいとおっしゃっていました。私が見つかったことで、希望を持ってくださったのだと思います」


「ユーティスさんは、ネルバさんと一緒に暮らそうと思ってるんですか?」


「いえ。頻繁に会いに行こうとは思うのですが、そのつもりはありません。やりたいことがあるので」


「じゃあノース王国の大賢者として、ダミア様と頑張るんですか?」


「そのことなのですが……私は先日、大賢者という地位を、ダミア様にお返ししたのです。今回の件で皆さんにたくさんご迷惑をおかけしたので、一から出直そうと思います」



 現状を皆が許しても、自分自身が罪を許さなかったのだろう。真面目で責任感の強い、彼らしい決断だなと、エレナは思った。ユーティスはエレナをちらと見て語りかけた。



「覚えていますか? 私に弟子入りを志願された日のことを」


「はい。あの時は夢中で、名乗るのも忘れてました」



 エレナは苦笑いする。よく知りもしないのに、いきなり『弟子にしてください!』なんて、客観的に見たらとんでもない奴だなと思う。それをまともに対応してくれたユーティスには、感謝しかない。



「ああ、そうでしたね。出会ってすぐでしたので、驚いたのをよく覚えています。懐かしい思い出ですね」



 ユーティスは眉を下げ、遠くを見つめて言った。



「もしかしたら私は、あの当時からエレナさんに惹かれていたのかもしれません。私を畏れず声をかけてくれた、あなたに」



 ユーティスは急に引き締まった面差しをして、エレナへ向き直った。どきりとして彼を見つめれば、栗色の髪が風になびいて艶めいていた。


 彼の真剣な声が、はっきりと響き渡る。



「エレナさん。私はあなたの憧れる大賢者ではなくなってしまいました。今や何の地位もない魔法使いです。けれども一つ夢が出来ました」


「はい」


「私はこの手で作りたいのです。種族や力の有無を越え、互いが尊重し合える世界を。全ての者が等しく笑顔で暮らせる世界を」


「素敵ですね」


「そして、エレナさん。その夢への旅に、あなたも同行してほしいのです。どうか私に協力してください」


「……私で、いいんですか?」



 この二週間、エレナは彼にとっての幸せは何なのかを考えていた。もちろん自分はユーティスと離れたくなかったが、例え彼がどんな道を選んでも、絶対に応援しようと決めていたのだ。


 その選択肢に自分が出てくるとは、考えもつかなかった。


 ユーティスは首を小さく横へ振った。



「違います。エレナさんでなければ、だめなのです。私は他の誰でもない、【あなた】と一緒に居たい。エレナさんが側に居てくれたら、私はどんな苦しみも乗り越えられる」



 ユーティスはエレナに力ある眼差しを送る。そして胸に右手を当て、強く強く、言葉を紡いでいく。



「私はあなたを、この世界で一番、愛しています。どうか命尽きるその日まで、私の側に居てください。お願いします」



 ユーティスさんが、私を……? 



 想いの込もった告白が、深く自分の中に浸透する。胸が沸騰したみたいに熱い。エレナは歓喜にうち震えていた。



「ユーティスさん」



 心が告げろと言っている。あなたに気持ちを届けたいと叫んでる。



 本を抱き目を潤ませたエレナは、彼に真っ直ぐな視線を送る。鼻の奥がつんと痛くて、言葉が思うように出てこない。彼女は大きく息を吸い、秘めた想いを一生懸命、口にした。



「私も、この世界で一番、あなたを愛しています。だからこれからもずっと、側に居させてください」



 彼女の答えに、ユーティスは安堵の表情をした後、眩しいまでの笑みをその顔にたたえた。



「……こんなに嬉しいことはない」



 ユーティスは感極まった声で呟き、長い腕を広げてエレナを抱き締める。



 羽ばたく音と共に、白い鳥たちが地面から空へ一斉に飛び立つ。突然の出来事に、エレナの手から本が滑り落ちた。


 心安らぐ匂いに包まれ、彼女の心臓は息苦しくなるほど暴れる。




「ずっと、あなたが欲しかった。やっと、あなたに手を伸ばせる」



 耳元で低く囁かれたユーティスの言葉に、長い間自分は想われていたんだと気付く。


 恐らく彼は非情な運命を知り、命を諦め、自分の本心を押し殺し続けていた。


 戦いが終わったことで、彼の心は重い鎖から解き放たれたのだ。もう自分を偽らなくてもいい。ありのままの想いを、愛する人に届けられる。



 ふいに腕の力を緩めたユーティスが、エレナを色っぽく見つめた。優しい手のひらで彼女の両頬を包む。触れられた部分が、かぁっと熱を帯びた。吸い込まれるような深緑の瞳に、自分の姿だけが閉じ込められている。



 とくん、とくん、と騒がしい鼓動。ゆっくりと近付いてくる端正な顔。



 視界が彼で埋め尽くされ、恥ずかしさに耐え切れなくなったエレナは、まぶたを閉じた。



 次の瞬間、唇がそっと重なる。



 伝わる柔らかさと温かさ。甘くしびれるような感覚が全身を駆け巡り、力が抜けて立っていられなくなりそうだった。溢れる愛しさと嬉しさに胸がいっぱいになって、涙が好き勝手に流れ落ちる。



 しばらくしてから、少し切なげに遠ざかる唇。


 頬を赤く染めた二人は、互いの顔を見つめ合う。ユーティスの瞳からも、喜びの雫がきらめいていた。



 愛する人が側に居る。


 自分を愛してくれている。



 それがこんなに素晴らしく、心満たされるものなのかと、エレナは身をもって実感した。



 あの日、ユーティスがエレナの村に足を運んでいなければ。



 エレナが大賢者を目指していなければ。



 旅をしそれぞれの過去と痛みを知らなければ。



 巨大な悪と、自分自身に立ち向かわなければ。



 どの出来事が欠けても、この瞬間は生まれなかった。



 いくつもの偶然が積み重なって、今がある。


 共に愛し合える相手に巡り会えたことこそが、彼らにとって紛れもなく奇跡だった。



 視界に広がる風景が鮮やかに色づき、素晴らしく輝いて見える。天から降りる柔らかな日差しも、さざめく木々の葉音も、吸い込む冷たい空気でさえ、いとおしい。



 この世界全てが、二人の愛を祝福してくれているみたいだ。



 エレナとユーティスは微笑み、手に入れた幸せを噛み締めるかのごとく、目をつむり、もう一度きつく抱き合ったのだった。




「エレナさん。私はあなたを一生、離さない」


「はい。私もあなたを一生、離しません」

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― 新着の感想 ―
[良い点] あああ、よかったね! 二人ともよかったああ!。゜(゜´Д`゜)゜。 長かったし苦しいこともたくさんあっただけに、感無量です。 主人もユーティスの中で呆れながらも、祝福されているはず。いや…
[良い点] エレナちゃん!良かったねぇぇぇ(ToT) おめでとうございます!
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