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──その日の夕刻。空が茜色に染まる頃。



 ダミアたちをノース王国へ送り届けたユーティスは、ネルバやクラドーたちと迷いの森へやって来ていた。彼らを小人族に会わせるためだ。


 エレナとアストラは、ミョルニたちのことをユーティスに託し、少し前にルピスへ帰っていった。




「博識の魔法使い様! ようこそいらっしゃいました!」



 可愛い家の立ち並ぶ小人族の村に着くなり、ミョルニたちがぴょんぴょん跳ねてきて、礼をする。ユーティスは安心して笑った。



「ミョルニさん! ご無事で何よりです!」


「はい! ありがとうございます! いっぱい火が飛んで来た時はどうしようかと思ったんですけどね! ネルバ様の恵みの石が守ってくれたんですよ!」


「そうか。私の石が」



 ユーティスの後ろに控えていたネルバが呟くと、ミョルニはきょとんと彼女やクラドーたちを見上げ、仰天の声を発した。



「これはこれは! 竜族と妖精族の方ではありませんか! 初めまして! 僕はミョルニといいます!」


「吾輩はクラドー。こっちはドリーとコドルだ」


「私はネルバ=ニュンフェという。覚えておいてくれ」


「え? ネルバですって?」



 ミョルニは目の玉が転がり落ちそうなくらい、見開いた。



「ままままままさか! あなたは、恵みの石をくださった、あの偉大なる妖精王様ですか!?」


「ああ。そうだ」



 ネルバは真顔でさらっと認める。ミョルニたちは口をあんぐり開けたまま、ブルブル震え出した。



「う、宴だ! 宴の準備をしよう!! 親愛なる妖精王様のご帰還だ!!」


「おおーっ!!」



 ミョルニたちは万歳して高く飛び、騒がしく準備を始めた。物凄く張り切っているのが見てとれる。



「フフ。馬鹿みたいに、はしゃぎおって。全く賑やかな連中だ」


「昔と変わらず、愛らしい奴らだな」



 ネルバとクラドーは和んでいるようだ。とても優しい瞳で彼らが動き回るのを眺めていた。


 ネルバの横顔に母セレニエルの面影が重なる。それを見て、ユーティスは胸がじわりと熱くなった。



──夜。満天の星と月が世界を照らす中。



 村の中央広場で散々楽しく飲み食いした小人族、及びドリーとコドルは、疲れたのかその場で眠りこけてしまった。ユーティスは掛け布を持ってきて、ミョルニたちへ被せる。気の抜けた寝顔がまた、可愛らしい。


 彼らの近くの焚き火にクラドーは当たっている。オレンジ色の光が、彼の宝石のような瞳を煌めかせていた。


 ネルバは入浴しに川まで行っていて、その場には居なかった。



「クラドーさん。これをお返しします」



 おもむろにユーティスは紅い宝玉をポケットから出し、クラドーに渡した。戦いが終わってから、神殿より回収したのだ。ダミアには先に指輪を返しておいた。


 クラドーはそれをかぎ爪で受け取り、大事そうに持った。



「ああ。すまん。これは先祖から受け継いだ、大切な品だからな。失くしては彼らに申し訳が立たん」



 ユーティスは同じくポケットから蒼い首飾りを出し、それを数秒見つめてから、竜へ尋ねた。



「クラドーさん。『禁忌の力』とは一体何だったのでしょうか? 災いをもたらす邪悪な力を受け、エレナさんはどうしてあのような神々しい姿に変わったのでしょう?」



 竜は空を仰ぎ、緩やかに口を開いた。



「あれは元々、意思を持たん純粋な力だったのだ。古代よりもさらに昔。始まりの時代に神であるレアリアが三種族へ与えた。『皆で仲良く分け合い、世界をより良くするように』と」


「では、なぜ【禁断の書】に封じられたのですか?」


「強欲なる者たちが、神の力を自分だけの物にしようと争いを始めたからだ。そやつらの間で激戦が繰り広げられ、たくさんの命が潰えた。世界の滅亡を危惧した三種族の王たちは、特別な魔力を込め、争いの種である神の力を封印したのだ。決して解いてはならん、『禁忌の力』としてな」


「そう、だったのですね」



 ユーティスは腑に落ちてうなずく。クラドーは話を続けた。



「これまで様々な人間が、伝承を便りに石を狙い、竜や妖精はそやつらの手に渡らんよう守ってきた。悪しき心を持つ者が使えば、世界が危機にさらされることは目に見えていたからな。──だが、エレナだけは違った。あの娘は、力を自己ではなく他者のために使ったのだ。愛する者たちを救うため、闇をも許容し全てを抱き締めたのだ。皆、己の弱さや醜さと戦い、苦しみながら生きておる。しかしそれでもいいのだ。どんな者も幸せになっていいのだと、エレナは教えてくれた」


「クラドーさん」



 竜の話に耳を傾けていると、愛しい人の笑顔が心に浮かんだ。胸が温まるのに、ちょっとだけ切なくなった。



「ユーティス。セレニエル=ニュンフェの忘れ形見よ。お主、ネルバや吾輩と一緒に暮らさんか?」



 クラドーは金色の瞳をユーティスに向け、ゆるりと聞いた。彼は数秒ほど火に視線を落とし、淋しげに答えた。



「お言葉、とても嬉しく思います。しかし私は、純粋な妖精族ではありません。あなたたちを滅ぼそうとした『人間』の血が、半分流れているのです。ネルバ様が私と暮らせば、きっと辛い過去を思い出させ、苦しませてしまうでしょう」


「私が何だって?」



 木陰から涼しげな声がした。振り向くと、そこにはヴェールを外したネルバが腕を組んで立っていた。直線を描く金糸が月光に照らされ、より艶やかに輝いている。



「ね、ネルバ様!」


「勝手に私の心を決めつけるな。お主、こちらに来るがよい」



 つんつんした口調で言われ、ユーティスは素直に彼女へ近づいた。叱られてしまうのだろうか、と子供みたいに不安になった。



「……その目鼻立ち、朝露に濡れた葉のごとき深緑の瞳。良く似ている。我が愛しい娘に」



 ネルバは、首飾りを握ったままの彼の手に触れる。その刹那、水色の目から涙がはらはらと落ちた。



「ユーティス。セレニエルの手紙から、お主の存在は知らされていた。だが連絡が途絶え、皆滅んでしまったと思っていたのだ。私が生まれて数百年。人を憎み衰えながら暮らす道も、無駄ではなかった。お主にこうして出会え、心から嬉しい。私はお主と共に過ごしたい。長い長い空白の時間を、これから少しずつ埋めたいのだ」


「ネルバ様……」


「我らは再びランドルグへ帰る。人間たちの住む場所には長く居られないからな。お主もいい大人だ。自分の真に望む道を決めるがよい。私はユーティスの選択を支持する。何と言ってもお主は可愛い孫──私の『宝』であるからな」



 ユーティスはネルバの言葉の端々に、深い愛情を感じた。遠く離れて暮らしていても、彼らは確かに家族であったのだ。



 嬉しくて嬉しくて視界が潤んだ。ユーティスは破顔し、ネルバの手に左手を添え、頭を下げた。そのままの自分を受け入れてもらえた喜びに、じっと浸りながら──。



「ありがとうございます。おばあ様」

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