前途多難
するとその会話を聞いていたリリーが、アストラの前に飛び出して来て、眉を思い切りつり上げた。
「だめだよ、アストラ兄ちゃん! エレナお姉ちゃんをいじめちゃ!」
「いじめてねぇし! そんな怖い顔すんなよ!」
「付いていくのはいいけど、お姉ちゃんにひどいことしたら、一生ゆるさないからね!」
早口で言ってから、刺すような目をする彼女に、アストラは分かったよと、たじたじである。
エレナはとても気が重くなっていたが、彼らのやり取りにふっと笑みがこぼれた。そして、リリーに心配かけないよう頑張らなきゃ!と思った。
「じゃあ、そろそろ行くね」
エレナは前かがみになり、リリーと目線を合わせた。
「うん! まほうの練習、がんばってね!」
「ありがとう! 元気でね!」
二人はハイタッチをして、満面の笑みを浮かべる。やがてエレナはリリーから身体を離し、皆に一礼した。旅立つ三人は村を背にして、広大な平原を歩き出す。
彼らを見つめながら、リリーは静かに泣いていた。本当の姉のように、時には母のように、優しく自分に接してくれた、エレナ。彼女との楽しい思い出が頭の中を駆け巡り、また淋しさが胸の奥に膨らんでいく。
リリーはそれを振り払うかのように、濡れた顔をごしごし拭いた。それから去り行くエレナに、大声で、心からの声援を送った。
「エレナお姉ちゃん‼️ 絶対、大けんじゃ様みたいな、強いまほうつかいになってねーーー‼️」
青く澄んだ空の下。リリーの声が届いたのか、エレナは身を翻し、遠くから目一杯、手を振ったのであった。
──「行ってしまいましたね」
三人の姿がすっかり見えなくなってから、牧師は物憂げにつぶやいた。
「まさか、あいつと同じ道を目指すとは。血は争えねぇということか。アストラもずいぶん止めたようだが、全く無駄だったみてぇだぜ」
親方は困ったような、それでいて少し楽しそうな表情をした。村長は平原の方を向いたまま、いとおしそうに目を細める。
「魔法使い、か。エレナが自分で決めたことだから、反対はしなかったが……この平和なご時世で、わざわざ険しい道を選ばんでもいいだろうに」
「エレナはああ見えて、とても頑固ですからね。例え村人全員が反対しようと、こうと決めたら絶対に曲げませんよ。恐らくですが、メルフ様を師匠にするのも、まだ諦めてはいないと思います。この先あの子には、きっと手を焼くに違いない」
「アストラの奴もあの調子だからなぁ。あいつらをまとめるのは、ちと骨が折れそうだぜ」
「そうですね。願わくば恩人メルフ様に、神のご加護があらんことを」
同情混じりの笑顔で牧師は手を合わせ、無責任に祈りを捧げた。
──こうして、魔法使いとその見習い、剣士の前途多難な旅は、始まりを迎えた。運命の歯車はゆっくりと回り出す。
エレナはメルフの後ろを歩いていた。ふと彼の首の後ろに、黒いあざのようなものを見つける。それが一体何を意味するのか。彼女が知るのは、もっとずっと先の話である。