口封じ
──ちょうどその頃。
エレナとアストラは、ヴェスタ王国の防壁前に来ていた。数分前【転送】の魔法でここへたどり着いた彼らは、関所にて緊急事態が起きていることを知り、三国の軍を追いかけようとしているところだった。
エレナは胸元にリボンの付いた藍色のローブを着ており、アストラは黒緑の鎧に身を包んでいる。
「まさか魔物の群れがこっちに向かってきてるとはな! ウーディニアの仕業だと思うか?」
「たぶんね! みんな、どの辺りまで行ってるだろう? 早く追いかけないと!」
エレナは焦りと緊張でいっぱいだった。知らせを受けてから、どうにも胸騒ぎが止まらないのだ。二人はだだっ広い平原を東へと走った。
しばらく経ってから、翼のはためく音が近づいてきて、彼らの上に大きな影が揺れた。
「え!? クラドーさん!?」
エレナが空を見上げ叫ぶ。アストラもびっくりした顔をしてから、両手を振って大声で呼び止めた。ネルバを乗せたクラドーは平原に降り立つ。ドリーとコドルも一緒だ。
「こんなところまで来て、一体どうしたんですか? しかもみんな揃って」
エレナは不安になり尋ねた。彼らは人間たちを嫌い、見つからぬようランドルグでひっそり暮らしていたはずだ。なのにこんな目立つ行動を取るとは、よっぽど切羽詰まった出来事が起こったに違いない。
エレナの問いに、ネルバは眉をひそめ荒々しい口調で答えた。
「どうもこうもない! 【封印の神殿】を探しにきたのだ!」
「封印の神殿?」
「そうだ! 世界の危機を防ぐため、私たちはそれを探し回っておる! しかし数百年の間に地形もずいぶん変わっており、それらしき建物を見つけられんのだ! お主ら、心当たりはないか?」
「そこには何が封印されてるんですか?」
「大陸全土を一瞬で焼き尽くすほどの強い力だ! その大きさたるや、神に匹敵するとも言われておる!」
「もしかして、古代遺跡のことじゃねぇ? ほら、ユーティスが前に言ってたじゃねぇか。あそこには世界に災いをもたらす【禁忌の力】が封印されてるって」
「それだ! 吾輩たちの求める場所は! お主らすぐに案内せよ! 黒いローブの男が神の力を狙っておる!」
「黒いローブの男? ……ウーディニアか!」
「まずいよ! 急がなきゃ!」
エレナとアストラは、クラドーの背に飛び乗った。
一番前に座るネルバが促す。
「よし、行くぞ!」
「皆しっかり掴まっておれよ!」
クラドーの一声で、三人は両腕を広げ、彼の背にぎゅっとしがみつく。
竜は空を切り、エレナたちの案内の下、古代遺跡を目指した。ドリーとコドルも追随した。
長い赤髪が真横になびき、顔にぶつかる風が頬を突き刺すようだ。
低空飛行しながら平原を進むと、遺跡が見えてきた。エレナとアストラは驚愕の表情をして叫んだ。
「どうなってんだ……!?」
「遺跡が大きくなってる!!」
数週間前に見た形状とは、似ても似つかぬ姿になっている。何をどうしたらこんな背の高い建物になるのか。エレナは理解に苦しんだ。
「なんということだ! 我らは間に合わなかったのか!」
「ネルバさん! これはどういうことなんですか?」
「あれは古代よりもさらに昔。始まりの時代に創世の神レアリアが住んでいたという神殿だ。言い伝えによると、それは力と一緒に隠されていたはずだが……どうやら封印が解かれてしまったらしい」
「ウーディニアが、力を手に入れちまったのか!」
「嘘でしょ……何とかしなきゃ!」
「ぬ!? いかん! 皆、伏せろ!」
皆が神殿に気を取られていると、斬撃が下から飛んできて、クラドーはとっさに身を翻した。エレナはきゃあと、か細い声を上げる。
斬撃が来た方角を見ると、紫の鎧に身を包んだ男が居た。
「驚いたね。まさか大昔に滅んだはずの竜と妖精をお目にかかれるとは」
ロゼだ。黒い瞳でこちらを見上げ、薄笑いを浮かべている。クラドーとネルバは嫌悪感を滲ませ、彼を見返した。ロゼは憂うような声色で質問した。
「ところで君たち、どこへ行くつもりかな? せっかく博識の魔法使いとあの男がこれから戦うところなのに、邪魔しないで欲しいんだけど」
「ユーティスさんが、この上に?」
「ああ、そうだ。でも行かせないよ? 君たちにはここで、死んでもらう」
そう言って、ロゼはまた斬撃をいくつも飛ばしてくる。クラドーはどうにかそれを飛び回って避けた。三人は振り落とされそうになるのを懸命に耐える。
「くそ! ユーティスのとこに早く行かなきゃなんねぇってのに!」
アストラは舌打ちし、前に居るエレナへ呼びかけた。
「エレナ! クラドーや姉さんたちと一緒にユーティスのところへ行け!」
「アストラはどうするの?」
エレナは後ろを振り返り、早口で問う。
「おれはこいつの相手をする!」
「そんな! 一人で戦うつもり!?」
「心配すんな! やられやしねぇよ! おれを信じろ!!」
アストラは揺るがぬ視線をエレナに送った。エレナは彼をじっと見つめてから、真剣な顔でうなずいた。
「分かった! 絶対、無事で居てね!」
「ああ! 任せろ! クラドー! 行ってくれ!」
「……解った!! アストラ! 吾輩との鍛練を忘れるな!」
「おうよ!」
クラドーは神殿を見上げ羽ばたき始める。
「行かせないって言ってるだろう?」
ロゼがクラドーの翼めがけて、ひときわ大きな斬撃を放つ。それをクラドーの背から飛び降りたアストラが、同じく斬撃を繰り出して相殺した。
ロゼは目を丸くしてから、無事に地へ足を着けたアストラを、じろりと眺めた。
「へえ。意外とやるじゃないか」
「お前の相手はおれがしてやる! あいつらは追わせねぇ!」
「君に僕が止められるかな?」
クラドーたちは高く飛び上がり、アストラは睨みをきかせ、遠くで剣を構えるロゼと対峙する。平原を見渡すと、そこには悲惨な光景が広がっていた。
「何だよ、これは……!」
ロゼの周囲には、大勢の者たちが倒れ、うめいていた。中には縛られた姿の者も居る。獅子の紋章の鎧を着ているところを見ると、どうやらヴェスタ王国の兵士らしかった。
鼻腔に貼りつく、血の匂い。アストラは気分を悪くしながら、ロゼに聞いた。
「こいつら、お前が切ったのか?」
「ああ、そうだよ」
「お前はウーディニアの手下なのか?」
「まさか。僕は自分の意思で行動しているんだ。あの魔法使いに力はもらったが、心まで捧げてはいない。まあ、彼は僕を手下だと思ってるだろうがね」
「だったら何で、自分の国の奴らまで攻撃すんだよ?」
ロゼは構えを解き、左手で前髪を掻き上げた。
「いにしえの時代、世界を一手に治めた『トーヴェノイタス』。かつての大国を再興するため、ヴェスタはこの戦いで、イストとノースの有力者を始末するつもりだった。けど僕は、常々あいつのやり方では、民を言いなりに出来ないと思っていた」
「あいつ?」
「父親面した男のことだ。あいつのように力で脅し民を抑圧しても、いずれ不満は爆発し、自身を脅かす存在となる。ヴェスタ王国が平和条約を破り侵略を企てたと知れば、各国から反発も出るだろう。そうならないために、今回の件はイスト王国から仕掛けたことにするんだ。あとの二国は巻き込まれた体にすればいい。そして僕は正義の名の下に、卑怯な敵国を打ち破ったことにする」
ロゼは困り顔でアストラに告げた。
「だが一つ問題があるんだ。この場に残っている者たちは、本当のことを全部知っている。だから口を封じなければならないんだ。一人残らずね」
何だよ、それ。そんなことのために、こいつらを殺るつもりか?
アストラは怒りに震え、拳を痛いほど握った。
「てめぇ、人の命を何だと思ってやがる!!」
「弱者の命など、とるに足らないものだ。少しくらい数が減ったところで、困りはしないだろう?」
「信じらんねぇ! 頭おかしいんじゃねぇの? てめぇみてぇな奴、上になっても誰も付いてきやしねぇよ!」
「ああ、そうだろうね。けど世間的に、僕は良識ある人物で通ってるんだ。ここにいる皆が黙ってくれたら、僕の本心など解りはしない。真実も正義も、いくらでも作り替えられるんだよ。戦争に勝ち、生き残れさえすればね」
この野郎、性根が腐ってやがる……!!
アストラはかなり頭にきていた。ロゼも古代の人間と同じく、不都合なことを闇に葬り、真実をねじ曲げようとしている。
誤った伝承のせいで長年虐げられてきたクラドーやネルバの気持ちを考えると、アストラは彼の行動がどうしても許せなかった。
「くそ王子が……!! てめぇは野放しにしておけねぇ!! おれがやっつけてやる!!」
「ふぅ。下品な男だな。穢らわしい」
ロゼはため息をつき、皮肉たっぷりに嘆く。アストラは竜の鎧を煌めかせながら走り、剣を抜いた。ロゼは攻撃を素早く受けた。
キィンッと鋭い音がして、刃が拮抗する。
「ここに居る人間を、まだ全員始末してないんでね。悪いけど本気を出させてもらうよ?」
ロゼはにたりと笑って、剣を強く弾いた。アストラは後ろに飛んで、彼から五メートルほど離れた。
ロゼは剣をいったん地面に刺し、両手を柄頭に載せた。
「君に僕の最強の姿を見せてあげよう!」




