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悲劇と報い

「ルカーヌ殿! ご無事でしたか?」



 左手に杖を持ったユーティスが、飛ぶようにルカーヌへ駆け寄る。



「ああ。博識の魔法使い殿は、もう大丈夫なのか?」


「はい。魔力も回復しました」


「そうか。無事で何よりだ」


 ルカーヌはかすかに目尻を下げ、いつもより柔らかい口調で言った。



 私を心配してくれたのだろうか? 



 ユーティスは何だか胸が温かくなった。忌避されていると分かっていても、声をかけてもらえると、やはり嬉しい。ユーティスはルカーヌに小さく微笑みを向けてから、辺りを見渡した。



「それにしても、こんな事態になるとは」



 目の前の凄惨な景色に、心が引き裂かれそうになる。戦争を回避するよう努めてきたが、恐れていたことが現実になってしまった。


 多くの者たちが雄叫びとうめき声を上げ、争い合い、倒れていく。平原のあちこちを濡らす赤色が、戦いに散った人々の涙みたいだった。



『たくさんの罪のない人が死ぬ。そんな悲しいことは、もう二度と起きませんよね?』



 この状況を見たら、エレナさんはどう思うだろう? 



 優しい彼女の泣き顔が想像され、ユーティスは奥歯を噛んだ。



 この悲劇を、一刻も早く終わらせなければ。



「博識の魔法使い! お主、呪いのせいで動けなくなっていたはずであろう!? ノース王国からここまでどうやって来た!? 何故こんなに早く到着している!?」



 剣を手に戻ってきたマウルが、憎々しげに言葉を吐いた。ルカーヌは片眉を跳ね上げ探りを入れた。



「そなた、どこでそのような情報を得た? それがしはユーティスの現状を、自国の者にしか話しておらぬはずだぞ」


「ふん! 質問に応じてやる義理はない!」


「マウル閣下。そのことをあなたに知らせた()()使()()がどこに居るのか。力ずくでも私に教えていただきますよ」



 ユーティスは切れ長の瞳をマウルへ向け、眼力で威圧する。彼はごくりと喉を鳴らし、こめかみに冷や汗を垂らした。



「あ、相手が誰であろうと、余が負けるはずはない!! かかってくるがよい!!」



 ユーティスは杖を置き、先ほど投げた長剣を拾う。



「ではお言葉に甘えて」



 彼は左足を思い切り踏み込み、急加速してマウルに接近した。繰り出された目に見えぬ一振りに、マウルは反応出来なかった。彼は右腕を打たれ、左手へ飛ばされる。【身体強化】の魔法がかかっているので切られはしないが、衝撃はしっかりあるようだった。



「ぐぉおおおっ!」



 マウルは地面を無様に転がった。その後、屈辱的な目をして、のっそりと起き上がった。



「その強さ……お主も自身に魔法をかけておるな!?」


「いえ、何も。強いて言うなら、訓練の成果です」



 昨日、苦しみながら自分のことを救いたいと言ってくれたアストラの姿が、頭をよぎる。彼との厳しい特訓の日々は、ユーティスの剣をより高みへと押し上げていた。



 叶うなら、また彼と剣を交えたかった。



 ユーティスは長いまつげを伏せる。彼は切なさを隠し、剣の持ち手を固く握り締めた。



「何もせず余に攻撃を当てただと……? ふざけるなっ!!」



 プライドを酷く傷付けられたのだろう。激怒したマウルはユーティスに突進し、切りかかる。


 彼はそれを高くジャンプしてかわし、後ろから剣で打った。マウルは遠くに吹っ飛ばされる。


 彼が地に伏せている間、ユーティスは剣をいったん収め、振り返って尋ねた。



「ルカーヌ殿! なぜ魔法を使われないのです?」


「呪文封じの魔鉱石がこの周辺に隠されているのだ!」


「なるほど! だからこの場に居る魔法使いの方々は不得手な戦いを強いられてるわけですね!」


「そうだ! 何か策があるか?」



 ユーティスは数秒ほど考えてから答えた。



「ルカーヌ殿。一番破壊力のある土魔法を唱えてくれませんか?」


「! そうか、その手があったか!」



 二人は各自、杖を拾った。



「行きますよ!」



 ユーティスは声で合図する。二人は息を合わせ、杖を掲げた。



大地の激昂(アースラッジ)!!」



 同時に呪文が唱えられた時、平原を囲うように埋められていた魔鉱石が、いっせいに弾け飛んだ。


 その後、二人の周りの地面が大きな音と共に波打った。皆は立っていられないほどの横揺れに襲われ、混乱と驚きの声を上げながら草むらにしがみつく。地面には数キロに渡って亀裂が走っていた。



「何だ!? 一体どうしたというのだ!?」



 揺れが止んでからマウルは立ち上がり、周囲に目を配った。ユーティスは笑顔で説明した。



「呪文封じの魔法にも欠点があります。上級魔法、特に威力の強いものが発動した時、防ぎきれない場合があるのです」


「彼とそれがしの上級魔法に耐えられず、魔鉱石は壊れた。もうどんな呪文も使える」


「ぐっ……!」


「己が欲望のために人々を騙し、自分勝手に傷付け、殺した。相応の報いを受ける覚悟はおありですか?」



 ユーティスは険しい表情で、じりじりとマウルに近づいていく。



「や、止めろ!! 来るな!!」



 マウルは剣を捨て後ずさりをし、手から火の玉を次々に発射する。ユーティスは水魔法で防壁を作り、その全部を消し去った。



「無駄です。諦めなさい」


「ひっ……! お願いだ! 助けてくれ! 余に出来ることなら何でもする!! だから殺さないでくれ!!」


「ならば今日ここで死んだ人たちを、生き返らせてください」


「そんなこと、無理に決まっておろう!? お主ですら不可能なのだぞ!? 魔法使いでもない余に、出来るはずがないではないか!!」



 マウルは真っ青になって腰を抜かした。ユーティスは悲しみと怒りを込めて、彼を睨んだ。この男は本当に救いようがない。



「そう。あなたが奪った命は、もう二度と戻らないのです。その罪は、例えあなたが死んでも消えることはない。だから今ここで、彼らの無念と罪の重さを知りなさい」



 杖を向け、ユーティスは毅然と呪文を唱えた。



懺悔の嵐(レペテンスストーム)!!」



 マウルの足元から旋風が発生し、彼の身体は舞い上がる。彼は悲鳴を上げながら暴風の中をぐるぐると回り、高い高い空へと上昇して──真っ逆さまに落ちた。



「ぐぁあああああああああああああああ!!」



 マウルの身体は凄まじい速さで落下し、地面がえぐれるほど激しくぶつかった。彼は白目を剥き、泡を吹いて気絶している。鎧は壊れ、魔鉱石の首飾りは砕けていた。身体強化のお陰で怪我はたいしたことはなさそうだが、相当な恐怖を味わったようだ。ユーティスは魔法で頑丈な蔓を生み出し、彼を拘束した。



「見よ、ヴェスタ王国の者たちよ! そなたらの王は捕らえた! この戦いの勝敗は決したのだ! 降伏せよ!! 捕虜となるなら、命は助けてやろう!!」



 ルカーヌは皆に向かって叫ぶ。ユーティスの魔法に恐れをなした兵士たちは、剣を落とし両手を上げた。マウルへの忠誠心は薄かったようだ。


 ロゼも剣を下ろし、素直にその場で膝を折る。ユーティスはヴェスタ王国の者たちを蔓で縛り上げた。


 ルカーヌは二国の魔法使いたちに、生存者の治癒を指示した。



 と、その時ユーティスはあることに気付いて、ルカーヌに問いかけた。



「あの、陛下の姿が見えませんが、どちらにおられるんですか?」


「陛下はゼクター殿が連れて逃げてくれた。探して参ろう」



 ルカーヌは東へ向かい、ユーティスは後に付いて行った。


 しばらく走って丘を下ると、亡くなった兵士たちに混じって、うずくまっているゼクターを発見した。ルカーヌとユーティスは急いで彼の元へ足を運んだ。



「ゼクター殿! 大丈夫か!? しっかりしろ!」



 ゼクターは腹を切られていた。ルカーヌとユーティスは二人がかりで治癒魔法を使う。顔を上げたゼクターは息を乱しながら、目に涙を溜めて謝った。



「破壊の魔法使い殿。申し訳ありません。ダミア閣下を、奪われてしまいました」


「何と!? 誰がそのようなことを!?」


「見たことのない、黒服の魔法使いに」


「黒服の魔法使いだと?」


「まずい! 陛下が危ない!!」



 ユーティスは血相を変えて遺跡へ駆け出し、ルカーヌも緊迫した面持ちでそれを追った。

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― 新着の感想 ―
[一言] はわわわわ。息をつく間もない熱い展開です! ユーティスやったれー! マウル成敗! と思ってたら、ゼクターが! ダミアが! なぜ我が主がダミア様を攫ったのか、むむ、深い考えがあるのでし…
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