旅立ち
「メルフ様! 一体、何をなさるおつもりですか!?」
「大丈夫。すぐに終わります」
ただならぬ雰囲気に、村長は身構えている。エレナは彼が魔法を使おうとしているのだと察知し、動揺した。
「大地の護り」
唱えると同時に、メルフの立つ地面が明るく光り出す。彼を中心に光の輪がどんどん広がっていき、それは村全体を薄く包み込んで、消えた。
「メルフさん。今のは?」
エレナは恐る恐る聞いてみる。
「魔物が近寄れないよう、この村に結界を張りました。これでしばらくは襲ってくることもないでしょう。ただ、やはり魔法使いが一人も居ないというのは心配です。誰か信頼出来る者を、こちらに派遣してもらおうと思うのですが、よろしいですか?」
「おお、そうでしたか! それはありがたいお話です! 何から何まで、お世話になります!」
ひきつっていた村長の顔が安心感に緩んだ。しかし、まだ顔色がすぐれない。彼の心臓のため、今後魔法を使う時は、前もって断りを入れた方が良さそうである。
エレナは、また新しい魔法が見られてどきどきしていた。メルフが駆使する力をいつかは自分も使えるようにと、頭の奥にその呪文を記憶した。
それから彼女は、集まってくれた村人たちに、改めて挨拶をした。
「牧師様、村長さん、親方さん。そして、皆。今まで本当にお世話になりました」
「エレナ。君が居ないと淋しくなるね。身体には気を付けるんだよ。くれぐれも無理をしないように」
「お前さんが決めたことだから、わしらは口出しするつもりはない。だが辛かったら、いつでも帰っておいで。ここはお前さんの故郷なんじゃから」
「こらこら村長! 甘やかすんじゃねぇよ! おい、エレナ。簡単に諦めたら承知しねぇぞ! 頑張ってこいよ!」
「はい! ありがとうございます!」
見慣れた笑顔がずらりと並んでいる。これまでずっと、温かく優しい人たちに囲まれていたんだな、と今更ながら知り、涙が込み上げてきた。自分で決めたことだが、やはり別れは切ないものだ。
感傷に浸っていると、誰かが遅れてやって来た。アストラだ。大きな袋と剣を背負っている。エレナは涙を引っ込めて、怪訝な顔をした。
「何その荷物? どこかに行くの?」
「旅の装備に決まってるだろ」
「へ?」
「牧師様から聞いたぞ。そいつと旅に出るんだって? お前じゃ戦力にならねぇだろうから、おれがその魔法使いの居る場所まで、送ってってやるよ」
「え。そんなこと頼んでないけど! この人も一緒なんて、絶対、無理ですよね?」
冷たく言い放ち、すぐさまメルフに同意を求めたが、意外にも彼はアストラの話に興味を示した。
「あなたも旅に同行したいのですか?」
「そうだよ! どこに魔物がうろついてるか分からねぇからな! だからあんたらを護衛してやるって言ってんだ! 何か文句あるか?」
「なるほど。つまりあなたは、彼女が心配なんですね?」
「は、はあ!? 誰がそんなこと言ったんだよ! そんなんじゃねぇし‼️」
アストラは顔を真っ赤にして、全力で否定する。メルフはにっこり笑って言った。
「分かりました。一緒に来てもらっても構いませんよ。あなたの言う通り、旅の道中は魔物に出会う危険性が高い。一人でも人数の多い方が戦闘に有利ですから」
「お! あんた話が分かるじゃん! そういうことだから、よろしくな、エレナ!」
アストラはにやりと口角を上げ、赤毛の少女を見た。彼女は露骨に嫌な顔をし、額を押さえて大きく息を吐いた。
「メルフさんがいいなら、私は反対しないけど。お願いだから、余計なことしないでよ?」
「はいはい。了解りょーかい」
アストラはふざけた調子で返事する。
この人、本当に分かっているんだろうか……。
エレナは軽く頭痛がしてきて、さっきよりも深く溜め息をついた。