星
自分を、信じる……?
父の声を最後に、暗くなる世界。十七才のエレナは一人、何もない闇の中にたたずんでいた。
目の前に細長い光が浮かんで見える。
優しい光を放つそれに、エレナは手を伸ばす。
掴んだ物は父の杖だった。さっき見た姿と違い、ぽっきりと折れている。だが不思議なことに杖はじんわりと温かい。
ニーケは遺したのだ。その杖と共に、真っ直ぐな志を。壊れてなおも伝えたのだ。『決して諦めるな』と。
エレナは両手に杖を握り、胸へぎゅうっと押し付けた。目を閉じると確かなぬくもりが、よりいっそう感じられる。彼女の沈みきった心が徐々に変わり始めた。
何も出来ないなんて、誰が決めた?
私はまだ少しも動けていない。
ただそこにある壁の高さに、怖じ気づいてるだけだ。
私は強くなりたい。
いつだってそう願ってきた。
それは大切な人を守りたいからだ。
幸せにしたいからだ。
暗闇に、いくつかの星が浮かぶ。エレナの頬に二筋の雫が流れる。
忘れてた。お父さんの気持ち。
いつも私を信じて、応援してくれた。私は役立たずなんかじゃない。
【レアリア・ド・マキア】。私はユーティスさんと同じで、みんなとは違う。
普通じゃない存在だ。
でもそのお陰で、私は色んな人を守ることが出来た。
想いを力に変えられたから。
上手くいくかなんて分からない。
方法すらまだ見つかっていない。
それでも自分に出来ることを精一杯、探すんだ。
希望を失わなければ、変えられない未来はない。
もしも神様が残酷な運命を決めたなら、私はその神様にだって立ち向かう。
私はユーティスさんが世界で一番、好きだから。
あの人の居る世界で、一緒に、笑いたい。
それが私の望む未来。
それが私の願う『最高の幸せ』。
だからもう現実から逃げない。
私はユーティスさんを救う。
守ってみせるんだ。
一つ、また一つと、決意を心で唱えるたび、星が天に点っていく。漆黒の空は、いつしか満天の星空へ変わった。
私なら、絶対出来る! だから、諦めるな!
エレナの胸の辺りが発光し始める。枯れていた魔力が湧き、激流となって全身を駆け巡る。身体の芯が温まり、鼓動が速まった。白かった頬は桃色に染まり、赤い髪の先にまで力がみなぎってくる。
エレナは天を仰ぎ、折れた杖を右手に掲げた。
そして誰も知らない新しい魔法──脳裏に閃いた呪文を、崩壊した自分自身の心に唱えた。
『希望の星屑!!』
しゅるるるると空を切る音がして、エレナに何万もの流れ星が集まる。
それらは杖を伝い、彼女に熱と力を注ぎ込んでいった。
エレナを中心に光が広がっていく。その燦然とした輝きは世界中を照らし、絶望の闇を払った。
──目を覚ますと、朝になっていた。小鳥たちのさえずりが聞こえる。窓から明るい太陽の光が差し込んでいた。エレナはハッと目を開け、ベッドから半身を起こした。
私、魔法を自分で作ったの……?
身体に夢の余韻が残っている。胸はいつまでも温かい。彼女が何気なく手元を見ると、驚くべきことが起こっていた。
「杖が直ってる!」
折れていたはずの木の杖が繋がって、ベッドに転がっている。しかも新たな枝が螺旋状に絡まり合って、より太くなっていた。杖の先には丸く透明な水晶が抱かれており、キラリと光を跳ね返している。
そういえば、とエレナは以前ルカーヌが言っていたことを思い出した。この杖は持ち主の心によって、強度が変わるのだと。
宿魂樹、だったっけ? もしかして、私の心に反応して、進化したのかな?
手に取ってまじまじ見る。杖の表面はつるりとしていて、磨き抜かれた芸術品みたいだ。重さは前よりあるが、ずいぶん強そうになった。ひとしきり眺めた後、エレナは魔法を使ってみた。今なら成功するような気がしたのだ。
「癒しの光!」
水晶から光が溢れ、エレナ全体を包んだ。
赤く腫れたまぶたが、元のぱっちり二重に戻った。
「やった! 魔力、戻ってる!! 良かったぁー!!」
エレナはベッドの上で万歳し、飛び跳ねて喜んだ。
それから身支度を整え、机に置いてあった水差しを持って、コップへ水を注ぐ。ごくごくと一気飲みして「よし」と呟いた。
ユーティスさんと、ちゃんと話さなきゃ。私の考えも伝えたいし、今後どうするか相談しないと。
別れを告げられようが、そんなのは知ったことではない。離れるなんて嫌なのだ。
何もせずに後悔するくらいなら、全力であがいてやる! ユーティスさんを捕まえて論破してやる!
魔力が復活したエレナは、暑苦しいまでの闘志を燃やしていた。
彼女は悠然と部屋を出ようとして、ピタリと足を止める。
誰か来る。
小さな魔力が猛スピードでこちらに接近してくる。エレナはドアから少し離れた場所で待機した。
「おい! エレナ! 大変だぞ!!」
アストラが血相を変え、ドアを盛大に開け放した。ドアが壁に当たり、非常に派手な音を立てる。丁番が弾け飛びそうな勢いだ。こんな高そうなドア、壊したら一大事と、エレナは顔を引きつらせた。
「ひぃいっ! 何てことするのよ!? また弁償しなきゃならなくなるでしょ! 勘弁して!!」
「……あれ? お前、大丈夫そうじゃん」
「何よ、その珍獣を見る目は」
「いや、だって、昨日は酷い状態だったからよ」
「うん、まあ確かにね……。だけどもう平気! だってユーティスさん、まだ生きてるし! アストラ、心配してくれたの?」
「ああ。まあな」
「そっか。ありがとう!」
「……ちょっとお前の立ち直りの早さに度肝抜かれたわ」
「そうだね! 自分でも、びっくり!」
エレナはあっけらかんと笑う。アストラは目尻を下げ、大きく息を吐いた。
「で? 何しに来たの?」
エレナはアストラを見上げ、小首をかしげた。アストラは思い出した! といった表情をしてから、険しい目付きをした。
「それが……ユーティスの野郎が、居なくなっちまったんだよ!」




