約束
メルフは口元に手を添え、無言で考え込んでいる。エレナは眉を寄せ、ひたすら答えを待った。皆はただ、ことの成り行きを見守っている。
沈黙の時間が流れていき、ようやく彼は一つうなずいた。
「分かりました。ではこうしましょう。私の知り合いに魔法使いの先生が居ます。その方にエレナさんを紹介しましょう。私が責任を持って、あなたをそこまでお送りします」
提案を聞き、エレナは一瞬迷った。彼女はメルフの実力に心底惚れ込んでおり、他でもない彼自身に魔法を教わりたかったのだ。でもこの際、贅沢は言っていられない。とりあえず旅に同行させてもらえるなら、今はそれでいいと思い直した。
「ありがとうございます! お願いします!」
大声で礼を言うと、こちらこそ、よろしくお願いしますと、きれいなお辞儀をされた。
エレナは一応メルフを説得出来て、ほっとしていたが、彼らの話を聞いていた牧師と村長は、なにやら複雑な面持ちをしていた。そしてもう一人。彼女の決断に表情を曇らせている者がいたのだが、その時のエレナには知るよしもなかったのだった。
宴が終わり、夜が訪れた。孤児院の窓から、月の光が差し込んでいる。暗くなる前に自室へ戻ってきたエレナは、古い木製のベッドに寝転がっていた。彼女は隣に横たわるリリーの背中を、そっと見つめている。
メルフとの話し合いが終わってから、リリーは急に無口になってしまっていた。一人でさっさと孤児院へ帰ってしまうし、明らかに様子がおかしい。
実のところ、エレナはその原因に心当たりがあった。なのでそれをちゃんと確かめようと、彼女に小さく声をかけた。
「ねぇ。リリー、起きてる?」
しばし間があってから、うん、と元気のない返事が聞こえた。
「あのさ。私のこと怒ってるよね? 村を出るって、勝手に決めちゃったから」
「……ううん。怒ってない」
リリーはようやくこちらを向いた。とても悲しい目だ。
「わたし、エレナお姉ちゃんにがんばってほしい。まほう使いになるの、おうえんしたい。でも、はなれるのはやだよ。どこにも行かないでほしい」
絞り出すように言って、リリーはとうとう泣き出してしまった。ずっと辛い気持ちを我慢していたのだろう。その姿を見ていたら、エレナは胸が苦しくなった。
長い間、一緒に居たんだ。私が出て行ったら、この子は淋しいに決まってる。
今まで自分のことしか考えてなかったことに気付き、申し訳なさが心に溢れてくる。彼女はリリーを抱き締め、頭を何度も繰り返し撫でた。
「ごめんリリー。本当にごめんね」
泣き声がだいぶ収まってから、エレナは優しく彼女に話しかけた。
「ねぇ、聞いて。私たち、これが最後のお別れじゃないよ。旅をして強くなったら、また会いに来る。立派な魔法使いになって、必ずここに戻ってくるから」
「ほんと? 大けんじゃ様みたいな、すごいまほう、見せてくれる?」
「うん。約束!」
エレナは微笑み、小指を立ててリリーの前に差し出した。涙を拭いた少女は、それに自分の小指を絡め、ぎゅっと力をいれた。大好きな彼女との絆を確かめるように。再会の約束がきっと果たされるように──。
次の日の朝。平原の入り口に、メルフとエレナは居た。二人はそれぞれ旅の荷物が入った袋を背負い、杖を持っている。
そこへ村人たちが、見送りのためにぞくぞくと集まってきた。
「メルフ様。こんな辺境の村ではありますが、またぜひお越しください。私どもは、いつでもあなたを歓迎します」
村長はメルフに、うやうやしく頭を垂れた。彼はありがとうございます、と笑顔でそれに応えた。
「さて。ここを去る前に一つ、やっておきたいことがあります」
メルフは村人たちにそう告げると、長い杖を地面に突き立てる。穏やかな目付きが突然、鋭いものへと変わった。