困った子
──『もしこの子が暴走したら、最悪の事態になる』
数時間後。畏れに満ちた声が聞こえ、ユーティスは目を覚ました。
彼は一人、療養所のベッドで横たわっていた。
白い天井をしばし眺める。倒れたのは記憶にあったので、その後、兵士たちに療養所まで運ばれてきたのだろうと理解した。やっと動けるようになったのに、またここへ戻ってきてしまったのかと、若干悲しくなる。激しかった頭痛とめまいは収まっており、身体は動きそうだ。ただ、首筋には痛みが残っていた。
「大丈夫かい?」
ベッドに寄り添い、ユーティスの様子をうかがっていたポロンが、優しく問いかける。ユーティスは彼女を見上げ、にこりと笑った。
「ええ。もう平気です。気分も良くなりました」
「本当かい? いつもと違うところとか……痛かったり苦しかったりしないかい?」
ユーティスはぎくりとした。どうしてそんなことを聞いてくるのだろう? 二週間前から不可思議な現象が起こっているのを、ポロンは知っているのだろうか?
「はい。特に何も」
ユーティスは澄まし顔で、彼女に告げる。
正直に話す勇気はなかった。信じてもらえるか分からないし、何よりそんなことを告白すれば、気味悪がられると思ったからだ。
「そうかい。それならいいんだ」
ポロンはホッとした表情をしてから、真面目な口調で話し始めた。
「アンタの首にある小さなあざがね、前より少し広がってたんだ。気になって色々調べたんだけど、それは危険な代物だった」
「と、言いますと?」
「それは呪いの刻印──別名【惨死のあざ】さ。たぶん上級闇魔法の使い手に付けられたものだろう。誰にやられたか記憶にないかい?」
呪いと聞いたとたん、さっと血の気が引いた。闇属性で一番の威力を誇る、恐ろしい魔法。それが自分にかけられているなんて、予想だにしていなかったのだ。ユーティスはうつむいて回顧し、返事をした。
「そういえば魔王と戦った時、首を掴まれました。その時に呪いをかけられたのかもしれません」
「魔王だって!? そりゃあ厄介だね! せっかく犯人を捕まえて、どんな呪いをかけたのか問い詰めようと思ったのに! アンタがやっつけちまったから出来ないじゃないか!」
「申し訳ありません。あの……私は、もうすぐ死ぬのですか?」
青ざめた顔で恐る恐る問いかけた。ポロンは苦しげに視線を床へ落とした。
「アンタの力になってやりたいけど、こればっかりは対処のしようがないんだ。呪いを解く方法がまだ見つかっちゃいないからね。でも幸いアンタの呪いは進行がかなり遅い。手遅れになる前に、何か対策を考えようじゃないか」
力強く彼女は励ました。前向きな言葉に、少し冷静さを取り戻す。ユーティスはポロンともっと話がしたくなった。
だがそれはドアをノックする音に遮られる。ポロンが促すと、白黒の服を着た女の従者が部屋に入ってきた。
「博識の魔法使い様。会議の決定をご報告いたします」
従者はまず一礼をしてから、淡々と述べる。ユーティスは上半身を起こし、報告を待った。
「明朝、三国の魔法使いの精鋭たちで、まずヴェスタ王国付近の魔物の群れを討伐することが決定いたしました。体調が回復されましたら、そちらに合流していただくようお願いいたします」
「分かりました。では私も準備を整え、明日の朝、皆さんと出発させていただきます」
「何だって!?」
ポロンが突拍子もない声で叫ぶ。ユーティスは彼女に笑顔を見せた。
「治癒の魔法使い様。私はもう大丈夫です。ですからこれ以上被害が広がる前に、魔物を討伐したいと思います」
「アンタ、馬鹿じゃないのかい! ついさっき倒れたところじゃないか! しばらく療養してなきゃだめだよ!」
「申し訳ありません。ですが、私の力が必要なら、可能な限りお役に立ちたいのです。どうぞお許しください」
ユーティスは真剣な面持ちで頭を下げる。ポロンは彼をきつく見据えた。
「止めても無駄ってことかい。アンタ、意外と頭が固いんだね」
「それは、褒めてくださってるのですか?」
「違うに決まってるだろう! アンタ困った子だね!」
ポロンが鋭い声を出したので、従者は飛び上がり、さっさと退室してしまった。またもや叱られてしまい、ユーティスはしゅんとする。
けれどもポロンからは、不快な声が発せられていないことに気付いた。
あの奇妙な現象は、恐らく呪いのせいで起こっているのだ。しかし、他者の考えていることが全部解るわけではないらしい。
一体、どういう違いがあるのだろう?
ユーティスは口元に右手を添え、難しい顔をする。その様子を見たポロンは、吊り上げていた細い眉を元に戻した。
「アンタがどうしてもって言うならもう止めないけど、無理だと感じたら即退却するんだよ。呪いの件は、この国のあらゆる書物を調べておく。だからね、博識の魔法使い。アタシのところへ定期的に会いにおいで。何か異変があったら、すぐに知らせるんだよ?」
「はい。あと、治癒の魔法使い様」
「ん? 何だい?」
「私の首の傷のことは、誰にもお知らせしないでください。皆さんに余計な心配をおかけしてしまいますので」
「……分かった。誰にも言わないよ」
「多大なるお気遣いをいただき、心より感謝申し上げます。治癒の魔法使い様」
ユーティスは綺麗な所作で、うやうやしく礼をする。それを見たポロンはのけぞり、目を瞬かせた。
「アンタ、いちいち堅苦しいね! くすぐったいったらありゃしないよ! もう呼び方はポロン先生にしな! 教え子たちからは、いつもそう呼ばれてるからね!」
ポロンは腰に手を当て、明るく笑った。塞いだ気分のユーティスも、つられて笑顔になった。
「ありがとうございます、ポロン先生」




