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わがまま

 数分後。



「ユーティス! 大丈夫だったか!?」


「大賢者様! ご無事ですか!?」



 アストラとヘルメが騒がしく部屋に入ってきた。ユーティスの手を取っていたエレナは、真っ赤になり、素早くベッドから身を離した。



「お二人とも、来てくださったんですね。ありがとうございます」



 ユーティスは上半身を起こし、二人に礼を言う。弱っていても麗しい笑顔は健在だ。



「ありがとうございますじゃねぇよ! この野郎! 心配かけやがって!」



 アストラが涙声で言って、ユーティスの髪をぐしゃぐしゃかき混ぜた。彼は抵抗せず、されるがままである。そのきょとんとした顔がおかしくて、エレナは思わず笑みをこぼした。



「よっしゃあ! 今夜はユーティスが起きたお祝いだ! 城の奴ら全員に知らせようぜ!」


「いいですね! 盛大に宴を開きましょう! おいら、ありとあらゆるごちそうを手配しますよ!」


「甘いもんもいいけど、肉も頼む!」


「ちょっと待って、二人とも! ユーティスさん、今さっき起きたばっかりだから!」


「固いこと言うなよ! あ。そういやおれ、ユーティスに頼みがあるんだった!」



 アストラはズボンのポケットから数字の書いた紙を出し、ユーティスに渡す。



「ヘルメのおっさんの商品、弁償しといてくれよ! これ、請求書!」


「え? あの、何の話でしょうか?」


「こら! ユーティスさんは関係ないでしょー!」



 理不尽な要求にエレナは眉を吊り上げた。冗談で言ってると思っていたのに、彼は本気でユーティスに金を払わせるつもりだったらしい。


 ヘルメから詳しい事情を聞いたユーティスは、快く支払いを承諾したが、エレナはそれを許さず、結局アストラと二人で全額負担することにした。たぶん手持ちの金貨のほとんどが消し飛ぶだろう。エレナは、次に【転送】の魔法を使う時は、絶対人気のない場所を選ぶぞと、心に決めた。



 そんなこんなで、わいわいと騒いでいた三人。


 あまりにもやかましかったので、駆けつけた魔法使いたちに、彼らは部屋を追い出されてしまった。



 ユーティスが目を覚ましたという朗報は、すぐに城中を駆け巡った。ダミアとルカーヌは不在だったので、知らせることはかなわなかったが、常駐する兵士や魔法使いたちには、くまなく伝わった。皆はほっとした表情を浮かべ、呪いを解いた赤髪の魔法使いについて、噂話を弾ませる。アストラとヘルメによる宴の提案は、秒で却下された。




 そうしている間に、時刻は昼すぎとなった。



 エレナは自分の食事を済ませた後、ユーティスの様子を見に行った。


 彼の私室のドアを叩き、中に入る。


 ユーティスは白の寝間着姿でベッドに座り、古書を読んでいた。六日ぶりに食事を取ったようで、部屋にはじゃがいものポタージュの匂いが残っている。



「ユーティスさん。調子はどうですか?」


 気遣いながら声をかけると、彼は近くにある長机へ本を置き、にこやかに返事をした。



「ええ。体力と魔力は、まだ元通りとはいきませんが、身体は軽くなりました」


「そうですか! それは良かったです!」


 エレナはほっとして破顔した。どうやら順調に回復しているようだ。首筋のあざは薄くなって消えかけている。ユーティスは慈愛の視線を彼女に向け、会釈をした。



「今回は本当にご心配おかけしました。エレナさんのお陰で助かりましたよ」


「えへへ! そんな! 私一人の力じゃないです。みんながいっぱい協力してくれたから、解呪魔法を習得出来たんですよ! またユーティスさんが完全に復活したら、詳しいことをお話します。今は、ゆっくり休んでくださいね」



 話したい出来事は山ほどあったが、彼の負担になってはいけない。


 そう考えたエレナは、早々に部屋を立ち去ろうとした。



「エレナさん」



 ユーティスは慌てた口調で呼んだ。



「もう少し、ここに居てくれませんか?」



 彼はすがるような上目遣いでエレナを引き留める。



 今日のユーティスさん、何だか小さい子供みたい。



 普段と違う一面に、内心可愛い! と悶えつつ、エレナはいいですよ! と裏返った声を発した。全く動揺を隠せていない。それから近くにあった椅子をベッドの側まで運んで腰かけた。


 ユーティスは礼を述べ、まつげを伏せて、おもむろに話し始めた。



「私はずっと、長い長い夢を見ていました。真っ黒な底無し沼に一人、沈んでゆく夢。苦しくてもがくのですが、どうしても這い上がれなくて。だけど遠くにエレナさんの声が聞こえたのです。私を探しに来て、助けようと必死に手を伸ばしてくれて。私はその手を掴んだのです。そして目を開けると、そこにあなたが居た」



 そうだったんですか、とエレナは照れ笑いを浮かべた。好きな人の夢に自分が登場したなんて、ちょっぴり嬉しい。


 ユーティスはエレナを熱く見つめ、控えめに尋ねた。



「エレナさん。一度だけ、私のわがままを聞いてくれませんか?」


「何ですか?」


「手を繋いでいてほしいのです。出来れば、私が眠るまで」



 エレナはどきりとして、ユーティスを見つめた。彼は真剣だった。エレナは緊張しながらうなずき、ユーティスの手を握る。いつ見ても大きくて、綺麗な手だった。


 ユーティスは頬を染めて目尻を下げ、緩やかに呟いた。



「ありがとうございます。このことは一生、忘れません」


「一生だなんて。ユーティスさん、大袈裟ですよ!」



 エレナが笑うと、ユーティスも笑った。深緑の瞳は、何故か切ない色をしていた。ユーティスはベッドに寝っ転がって布を被る。その後まぶたを閉じ、繋いだ手に力を込めた。


 エレナは胸の奥から温かい気持ちが、とめどなく溢れてくるのを感じた。



『ずっと、あなたに、会いたかった』



 朝に聞いた声と彼の眼差しが、ふと思い出される。当時は感極まっていたため、深く考えていなかったが、あの言葉はどういう気持ちで言ってくれたのだろう。



 もしかしてユーティスさんも、私のこと……? 



 そこまで思考してから、いや、まさか! そんなこと、あるわけないよね!? と否定した。さらにどきどきしてきて、顔が熱くなる。



 この気持ちを伝えたら、ユーティスさんはどう思うかな? 



 しばらくして、すやすやと寝息が聞こえてくる。安心しきった無防備な寝顔に、愛しさがより大きく膨れ上がっていった。



 ユーティスさん。


 私はあなたのことが、大好きです。



 エレナは心の中で唱えてから、彼の手を優しく握り返した。



 穏やかな昼下がり。



 エレナは今そこにある幸せを、一人噛み締めていた。


 そしてユーティスは、恐ろしい悪夢にうなされることなく、その身体を十分に休めたのであった。

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