懇願
「ちょっと、やめてよ!」
エレナは慌ててアストラの右腕を捕まえる。振り返った彼は、相当頭に血が上っているようだった。
「少し落ち着いてください。そんなに興奮しては、話し合いも出来ませんよ?」
「うっせぇ! よそ者のあんたに口出しされる筋合いねぇんだよ! 引っ込んでやがれ!」
「いい加減にしろ‼️」
突然立ち上がった親方が、アストラに思い切りげんこつを振り下ろした。鈍い音と共に、彼は声にならない悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまる。
「村の恩人に失礼なことばっか言ってんじゃねぇぞ! この野郎が! ……あーメルフさんよぉ。うちのバカがすまなかった。こいつは俺がきっちり説教しておくから、勘弁してやってくれ」
アストラに怒鳴った後、親方はメルフに向き直って、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いえ、構いませんよ。気にしてませんから」
「ありがとよ。おら、さっさと行くぞ! てめぇのせいで、せっかくの酒がまずくなっちまった!」
「……あ。そういやおれ、まだ何も食ってねぇ」
「うるせぇ! そんなもんは後にしろ! 黙って付いてきやがれ!」
親方はアストラの首根っこを掴んで、ずるずると引きずっていった。あの様子だと、鉄拳制裁は免れないだろう。
「彼、大丈夫でしょうか?」
遠ざかる後ろ姿を見送りながら、メルフはとても心配そうにしている。
あんなに腹立つこと言われたのに、怒らないんだ。やっぱりいい人だな。
「大丈夫ですよ! あの人、見た目通り打たれ強いですから!」
いっそぼこぼこにされて反省しろ! と黒い考えを抱きながら、エレナは元気に言った。するとその言葉に安心したのか、メルフはふっと頬を緩めた。
「それよりエレナ。さっきの話は本当なのか?」
しばらくしてから。牧師がエレナの肩を叩き、真面目な口調で聞いてきた。エレナは真剣な表情をしてうなずいた。
「はい。皆には言ってなかったけど、私、魔法使いになりたいんです。だからさっき、メルフさんに弟子入りをお願いしました」
「なんと、そうであったか」
「いつも本を持ち歩いてると思ってたけど、まさか魔法使いを目指してたなんて」
驚きを隠せない、村長や大人たち。エレナはそれを無視して話し続けた。
「メルフさん。今日初めて会ったのに、こんなこと頼むなんて迷惑かもしれません。でも私、どうしても強くなりたいんです。だから一から魔法を教えてください! お願いします!」
彼女は深く頭を下げ、懇願する。しかしメルフは首を縦には振らなかった。
「それは無理です。初級から上級、全ての魔法を覚えるのには、相当な時間がかかる。私は明日、ここを発ちますので、とうてい間に合いません」
「だったら! 私も旅に付いていきます!」
彼は深緑の目を丸くして、エレナの顔を覗きこんだ。側に居るリリーも、口を半分開けて固まっている。一拍あって牧師が横から話に加わってきた。
「いきなり何を言い出すんだ。無茶だよ。君はこの村を出たことなどないだろう?」
「じゃあ今がその時です。弟子入りを一度断られた時から、村を離れる覚悟は出来てました。夢を叶えるには、それしかないって」
エレナはメルフを強く見つめた。
「この村に魔法を使える人はいません。魔法使いになりたくても、誰も教えてくれる人はいないんです。旅は慣れてないし、足手まといになるかもしれません。だけど、出来る限りメルフさんのお仕事の邪魔にならないようにします。だから……!!」