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確信

「ネルバよ。どうにかこの者たちに、力を貸してやってはくれんか?」


「何を言う! お主、卑劣な人間共に味方するつもりか!?」


「そうではない。だがこやつらの『仲間を救いたい』という想いには共感を覚える。可能なら助けてやりたい」


「甘いことを……! お主は一族を滅ぼそうとした者たちを許せるのか!? 人間共から受けた数々の仕打ちを、もう忘れてしまったのか!?」


「忘れるはずがない! この数百年もの間、吾輩たちがどれだけ人間に迫害されてきたか、お主もよく知っておろう!!」



 憎悪と悲哀に塗り潰された声だった。ネルバはハッとしてクラドーを見つめ、泣きながら彼を抱き締めた。



「すまん、クラドー。辛いことを思い出させた。お主を傷付けるつもりはなかったのに……」


「良いのだ。お主の気持ち、痛いほど解る。信じられなくて当たり前なのだ。人間は、昔から吾輩たちを嫌い、消し去ろうとするばかりだった。吾輩たちを悪と決めつけ、向き合おうともしなかった。だがこやつらは違う。我らの想いを知ろうとし、悲しみに寄り添おうとしている。吾輩にはそう感じるのだ。ネルバよ。お主にはあの娘の涙が、偽りに思えるのか?」



 ネルバはエレナを水色の瞳に映した。エレナは嗚咽を漏らし頭を下げたまま動かない。



 長い沈黙の時間が過ぎてから。ネルバは何かを決意した様子で口を開いた。



「本当に、どんなことでもするというのか?」


「はい」


「なら、その身をもって証明してみせるがよい」



 エレナとアストラが顔を上げると、ネルバは淡々と言葉を続けた。



「今の私の衰弱した身体では、解呪魔法は使えん。お主が自ら試練に挑み、魔法の力を手に入れるのだ」


「試練ですか」


「そうだ。解呪魔法を習得する方法はただ一つ。強大な闇の力に打ち勝つことだ。それにはとある上級闇魔法を自分に向けて放つ必要がある」


「でもそれって、危ねぇんだろ?」


「もちろんだ。闇の力に対抗出来なければ、精神が崩壊し魔物になる。もしくは闇と同化し身体すら残らない場合もある」


「存在が消えちまうってことか?」


「その通りだ。娘よ。お主は仲間の命を救うために、自分の命を賭けられるか?」



 ネルバは疑るような視線を投げつけてくる。エレナは迷わずうなずいた。



「はい。その試練、受けさせてください」



 アストラはエレナの横顔を、揺れる瞳で見つめている。ネルバは冷徹に言った。



「もしも失敗したら、すぐにでもお主の命を刈り取るからな」


「分かりました」



 ネルバは整った顔に迷いの色を浮かべ、エレナから目を背けた。



「今日はもう遅い。私は疲れた。少々話し過ぎたようだ」



 クラドーはネルバを背中に乗せた。どうやら寝床まで運んであげるようだ。見た目は怖いが、思いやりの深い竜である。


 ネルバはクラドーの背から二人を見下ろし、重く言った。



「決行は明日の朝。娘一人で我が元に来るがよい」




 数時間後。



 夜空には大きな満月と、青、緑、黄、赤に色を変える、光のカーテンが揺れている。


 クラドーとその子供たち、そしてネルバは穴の北側で眠っており、エレナとアストラは南側で休んでいた。



 薄暗い森の中。アストラは植物のつるでこしらえたハンモックに横たわっていた。頭の下で指を組み、赤のチュニックと黒のズボンを身に付け、瞳を閉じている。荷物の袋と剣は、草むらへ適当に放ってあった。



 彼はふいに目を開き、起き上がった。


 そしてあるところに向かって歩いた。



 数メートル先に、エレナが同じくハンモックで眠っている。安らかな寝顔と白いチュニックの襟が、被った布から覗いていた。険しい山を登りきり、よほど疲労困憊したのだろう。上下の長いまつげを合わせ、ぐっすり眠りこんでいる。その下に杖と荷物がきちんと並べ置かれていた。



 アストラは彼女の隣に立ち、切ない表情で見つめた。



「エレナ……」



 明日の朝、命懸けで試練に挑む彼女。


 使うのは人間の心を破壊する、強大な闇魔法。



 本当に大丈夫なのだろうか。無事に戻って来られるだろうか。


 エレナの力を信じたい。だがもし万が一、失敗したら? 



 考えると、居てもたってもいられない。息が乱れ、心臓が暴れて、苦しくなるのだ。



 物心ついた頃からずっと、アストラの側にエレナは居た。孤児院に隣接する教会で共に学問を教わり、毎日のように外で走り回って遊んだ。


 四年前のあの日。魔王に故郷を焼かれ、村の仲間を大勢失ってしまった時、自暴自棄にならなかったのは彼女の存在があったからだ。命懸けで守ってくれたニーケたちに、恩返しをしなければ。エレナを絶対に守ってやらなければ。そんな想いが、当時のアストラを奮い立たせていた。




 なぁ。おれは一体、どうすりゃいい? 



 心の中で尋ねてから、エレナの頬を隠す赤い髪を、そっと耳にかけた。


 きめ細かで張りのある白い肌が、月明かりに照らされている。普段から見慣れた顔。だけど、ずっと見ていたい顔だ。



「おれにもっと力があれば、お前を危険な目に遭わせやしねぇのに」



 魔力のない自分は役に立たない。助けてやりたいのに、何も出来ない。そんな自分が歯がゆくて、悔しくてたまらなかった。



 アストラはエレナの近くに腰かけ、大木にもたれる。それから月と光のカーテンを仰ぎ、彼は眠れぬ夜を過ごした。




 翌日の朝。



 二人は草むらに座り食事をした。


 アストラはエレナの向かいに座り、大きなあくびをしてから、ぼんやり下を向いている。



「アストラ。どうしたの? 具合悪い?」


「ん? いや、全然平気だぜ。ただ、昨日はちょっと考え事してて、眠れなかったんだ」


「あれ? アストラってそんなに繊細だったっけ?」


「おれだってそういう時もあるんだよ」



 半目をし、低い調子で突っ込むと、珍しいねーなんて言いながら、エレナはのんきに笑った。アストラは浮かない顔で聞いてみる。



「お前さ、上級闇魔法なんか一回も使ったことねぇだろ。心配じゃねぇのか?」


「そりゃあ、心配するよ。キアルス王子とか、ティシフォネさんみたくなったらどうしようって。でもやるしかないじゃない。これは、私にしか出来ないことなんだから」



 エレナは笑みを引っ込め、意志の強い瞳をした。胸がまたざわざわする。アストラは無意識に拳を握った。



「心配いらないよ。きっと解呪魔法を習得してみせるから。──じゃあ、そろそろネルバさんのところに行くね!」



 立ち上がったエレナは杖を持ち、笑顔で手を振った。右手の怪我は魔法で治っている。万全の状態で挑もうという、彼女の意気込みがうかがえた。



 エレナの姿が少しずつ遠ざかる。




「行くな!」



 弾かれたように後を追い、その背中を抱き締めた。エレナは石みたいに固まって動かない。酷く混乱しているようだ。



「ア、ストラ?」



 片言のように、エレナは呼んだ。アストラの息が彼女の耳に当たっている。心音が馬鹿みたいにうるさい。けれど、そんなことはどうでも良かった。



「おれが試練を受ける。だからお前はここで待ってろ」


「何言ってるの? 無理だよ。アストラは魔法、使えないでしょ?」


「関係ねぇよ!」



 エレナを包む腕に力がこもった。



「おれの前から居なくなるな! おれは、お前がどっかに行っちまうのが、一番怖い」



 両手と声が震える。何てみっともないんだろうと、頭の片隅で自分を嘲った。




──アストラはエレナと二人で死の大地を進むうち、とうとう確信してしまったのだ。


 もやもやしていた感情が、実は嫉妬であったのだと。不確かだったその想いの正体が、家族や仲間に向ける感情とは別物であったのだと。



 気付いてしまったら最後、もう隠しきれない。アストラは不器用だ。取り繕うことも誤魔化すことも上手くやれない。


 止まらぬ想いは膨れ上がるばかりだった。その笑顔を守りたい。ずっと側に居たい。彼女の特別な存在になりたいと、願ってしまった。



 エレナが死ぬかもしれない。



 その恐ろしく絶望的な可能性が、彼を突き動かした。無謀だと解っていても、引き留めずにはいられなかったのだ。彼女をどうしても失いたくなかったから。



 時が止まったかのような静寂の後。



 長い間、知らず知らずに暖め続け、ようやくたどり着いたその答えを、アストラは口にした。




「おれは、お前が、好きなんだ……!!」

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