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 それから皆は先を急いだ。途中、食事を取り、一気に山頂を目指す。



 日が沈み、夜が訪れた。



 空には数千の星が浮かんでおり、辺りはしんとしている。月光が雪原に反射しているためか、意外と明るかった。




 深夜。雪をかき分け、やっとのことで頂上にたどり着くと、そこにはまあるい湖があった。寒いのに何故か氷が張っていない。


 エレナはその濃い蒼を見て、ユーティスの首飾りの色と、よく似ているなと思った。



 やっと妖精族に会える。呪いを解く方法も、これで見つけられる。



 考えると、胸がどきどきし、気分が高揚してきた。希望はもう目の前だ。



「さて、お主らよ。目的地に到着したぞ」



 クラドーは地面に降り立ち、二人に告げた。



「お友達はどこに居るんですか? 見たところ誰も居ないようですけど」


「……この湖に入れば、友は出てくる。ここから飛び込むといい」


「え? まじかよ。大丈夫なのか?」


 下を見ると、水面まで結構な高さがある。自ら飛び込もうと思うと、かなり勇気が要りそうだ。アストラは不安げに問いかけたが、クラドーは無言を突き通している。自分たちで考え、判断しろというのだ。



 クラドーは険しい表情を作り、エレナたちを静観している。二人は顔を見合わせた。



「エレナ。お前はおっさんの言うこと、信用出来ると思うか?」


「うん。私はもう、答えが決まってるから」



『彼を信じる』と決めたのだ。その気持ちは覆らない。



「だよなぁ。そう言うと思ったぜ」


「アストラはどうなの?」


「おれか?」



 彼は苦笑いをし、ため息を吐いてから、明るく言った。



「正直、半信半疑ってとこだな。でも、どうせお前は止めても無駄なんだろ? だったら一緒に行ってやる。お前がおっさんを信じるってんなら、おれはそれに賭けてやるよ!」


「……ありがとう」


「早く妖精に会って、ユーティスを救うぞ! 腹決めろ!」



 彼は右の拳を突き出す。エレナはそれに自分の拳を合わせた。布の巻かれた不恰好な拳に力を込める。二人はうなずき合った。



「よし! 行くぞ!」


「うん!」



 助走をつけ、エレナとアストラは地面を強く蹴る。クラドーは目を剥き、焦った顔をした。


 空を切り真っ逆さまに落下していく二人。しかし、水面にぶつかる前に予想外の事態が起きた。



「えっ!? 何!?」



 エレナは動揺して声を上げた。身体が宙に浮いている。落ちていたはずの二人は、羽ばたく竜のかぎ爪の中に居た。抱きかかえられているのだ。


 彼らは慌ててクラドーのざらざらの鱗に掴まる。エレナは何が起こったのか分からず、竜の顔を見上げて尋ねた。



「クラドーさん。どうして?」


「すまん。お主らの真意を見極めるため、嘘を吐いた」


「嘘、ですか」


「ああ。この湖は幻覚だ。友の魔法の効果で、あるように見えておるだけ。実際は穴が空いており、このまま落ちていたら地に身体を打ち付け、お主らは死んでいただろう」


「まじかよ! おっさん、おれらを騙したのか!? それでも誇り高き竜かよ!!」



 アストラが大声で責め立てる。クラドーは反論するでもなく、素直に謝った。



「悪かった。過去のしがらみから、どうしても人間を信用出来なかったのだ。しかし、お主らは約束を守り、最後の最後まで吾輩を信じ抜いた。仲間のために幾度となく命を張り、困難を乗り越えた。その行動に偽りはないと、今は思っている」


「クラドーさん……」


「もう魔法も剣も使うがよい。吾輩もお主らのその心を信じよう」



 竜は翼を広げ、ゆっくりと降下する。水面に触れると、彼の言った通り大きく深い穴が現れた。



 そこは不思議な空間だった。



 穴の中はほんのり明るく、外と違って寒さを感じない。滝が崖から流れ落ち、広々とした地面には、たくさんの植物や木々が息ずいている。まるでどこかの森にやって来たみたいだ。



「友はこの奥で眠っておる。吾輩から事情を説明してやろう」



 クラドーは草のじゅうたんに二人を下ろした。それから緩やかな動作で、穴の奥へ向かった。


 と、その時だった。



 何やら呪文が聞こえ、滝の中から二十センチほどの大きさの魚たちが飛び出してきた。



「危ねぇ!」



 アストラとエレナはとっさにしゃがんでそれを避けた。水で出来た空色の魚たちは、すぐ身を翻し、エレナたちに体当たりしようと襲いかかる。クラドーは慌てて二人の前に立ち塞がった。魚たちは彼の鱗に触れる直前で、ただの水に姿を変えた。



「待て!! 止めるのだ! この者たちは、敵ではない!」


「敵ではないだと?」



 クラドーの制止に、木の影から鈴の音のような声が返された。そこに現れたのは、真っ直ぐな金髪を腰まで垂らした麗しい女だった。


 歳は二十代前半くらい。肌は絹のように白く、斜めに上がった細眉と、長いまつげに縁取られた水色の瞳には、気品と聡明さが感じられた。


 頭には透け素材のヴェールを被っており、纏っている白い衣からは、肩と鎖骨が覗いている。先の尖った耳は、彼女が妖精であることをしかと証明していた。



「クラドー! お主、血迷ったのか!? 憎き人間共をここへ引き入れるなど!」



 怒りのままにまくし立ててから、妖精はふらつき地面に座り込んだ。具合がとても悪そうだ。クラドーは急いで彼女の元へ行き、寄り添った。



「ネルバよ。起きてはならんと言っただろう。お主はこの森を維持するのに、力を使い過ぎておるのだから」


「しかし! 黙ってこの状況を見過ごすわけなかろう!」


「すまん。だがこの者たちは、我らの知る人間とは違うのだ」


「どこが違おうと言うのか! 人間など皆同じ! 我らを滅ぼそうとする者たちだ!」



 すると黙って話を聞いていたエレナが、たまりかねて反論した。



「違います! 私たち、あなたたちに危害を加えるつもりはありません! 仲間の呪いが解きたくて、ここに来ました!」


「呪いだと?」



 妖精は綺麗な顔を歪め、楽しげに笑った。



「フフ! ハハハ! 人間が呪われたのか! それはずいぶんと滑稽だな!」



 エレナはむかっとしてしまい、声を荒げた。


「どうして笑うんですか!? 私たちの仲間が、死にかけてるんですよ!?」


「ハッ! 知ったことか! 薄汚い人間など、全て死に絶えればいいのだ!」


「どうしてそこまで人間を嫌うんですか!? 昔、戦争をしたからですか!?」


「何も知らんのか! 愚かな娘よ! だが無知だからと言って、お主ら人間が犯した罪は永久に消えん! 私たちの恨みもな!」



 投げつけられる、痛いほどの憎悪。まともに浴びせられたエレナは辛くなった。


 だけど彼女は向き合いたかった。妖精と竜がこれまで何に悲しみ、苦しんだかを。それを知らなければ、ここから前に進めない気がした。



「じゃあ教えてください! いにしえの時代、人間とあなたたちの間に、何があったのか!」



 妖精の女──ネルバは氷のような微笑をたたえ、憎しみを隠さず言葉を吐いた。



「いいだろう! 心して聞くがよい! お主ら人間がどれだけの愚行を繰り返してきたかをな!」

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