友達
しばらく休憩をしてから、彼らはまた進み始めた。飛んでいく竜の後を二人が追いかける。
日が傾いてきた頃。だんだん風がきつくなり、雲行きが怪しくなってくる。
天候を心配していると、案の定、吹雪がやって来た。雪の塊が二人と一体を襲う。
クラドーは飛ぶのを止め、地面に降り立った。向かい風に逆らって飛ぶのは、歩くより疲れるらしい。
さっきから視界は最悪だ。薄暗く、辺り一面真っ白で、前が何も見えない。
「この吹雪の中、これ以上歩くのは危険だ! 収まるまでここで待ってようぜ!」
アストラが身を屈め声を張り上げた。エレナは分かったと大声で応える。先頭のクラドーは振り返り静止した。どうやら待機してくれるようだ。
二人はその場に座り込み、フードを目深に被った。
強風が悲鳴を上げ、雪と一緒に容赦なくぶつかってくる。魔法でだいぶ防げているものの、体温が奪われてしまい、身体がカタカタと震えてきた。
エレナは、もしも今、土魔法が使えるなら、自分たちの周りを頑丈な壁で覆いたいと考える。ついでに暖炉と温かい紅茶とりんごのケーキ。そしてユーティスが居ればもっといいな、とも。
楽しかった晩餐会。
頬を赤らめ、とろけるような表情でケーキを食べる彼が思い浮かんで、エレナはふっと口元を緩めた。
「娘よ。魔法を使いたいだろう?」
唐突にクラドーが前方から尋ねてくる。寒すぎて現実逃避していたエレナは、彼を見上げ、叫んだ。
「どうしてそう思うんですか?」
「お主ら小さき人間は、寒さにも弱い。だが魔法があれば、この雪を防ぎ暖を取ることが出来るぞ?」
自分が使うなと言ったくせに。この人、まだ私を試そうとしてるの?
少々腹が立ったエレナは、むきになり目を吊り上げた。
「でも約束がありますから! 我慢します!」
呆れるほど頑なな態度に、クラドーは困った顔をして独り言を漏らした。
「お主は本当に変わった人間だな」
クラドーはゆるりと二人に近づき、大きな翼をバサッと彼らの頭上で広げた。突然の出来事にエレナとアストラはびっくりして、わっと間抜けな声を出す。
「おっさん! いきなり何すんだよ!」
「騒ぐな! 雪が止むまで、そこでじっとしておれ! 少しは寒さを凌げるであろう」
クラドーはそっけなく言葉を放った。風と雪が、彼の翼で遮断されている。クラドーが側に居るからか、周りの空気が次第に暖かくなってきた。
もしかしたら私たちのこと、心配してくれたのかな?
初めて触れる、彼の優しさ。ほんの少しだけわだかまりが解けた気がして、エレナは嬉しくなる。
「ありがとうございます! クラドーさん!」
元気いっぱいに礼を述べると、クラドーは鼻から思い切り息を吐いて、黙りこくった。
数十分後。
吹雪と風が止んだ。雲の切れ間から、太陽が覗く。
「もう大丈夫であろう。そろそろ進むぞ」
翼をたたんだクラドーの声で、二人は立ち上がる。
彼らがクラドーを見上げると、大きな頭と身体、翼は雪まみれだった。自慢のたてがみや黒緑の鱗は、見事に凍ってしまっている。
「あはははは! おっさん、まるで、じいさんみてぇだな!」
アストラが指を差して大笑いする。エレナは青くなって彼の肩を叩いた。
「ちょっとアストラ! 失礼でしょ!」
「若造。お主ぃ……」
クラドーの両目が光り、背後にメラメラと炎が見えた。エレナは彼の怒りを察知し、すぐ謝った。
「わわ、ごめんなさい! ほら、アストラも早く謝って!!」
「う。分かったよ」
アストラは気まずそうにクラドーと視線を合わせた。
「笑って悪かったよ。あと、さっきは助かった。ありがとな」
アストラは頭を一回下げ、ぶっきらぼうに言った。彼もクラドーのことを、ちょっとだけ見直したようだ。
クラドーは目を丸くして、アストラを見ている。
「ふ、ふん! 人間などに礼を言われても嬉しくないわ! さっさと行くぞ!」
ぷいと顔を背け、彼は翼を広げる。
「あ! ちょっと待ってください」
エレナは彼を呼び止め、荷物から布と魔鉱石のコップを出した。それから熱湯を作って布に染み込ませ、固く絞る。
彼女はクラドーに近づいて言った。
「頭をこっちに下ろしてください」
「何をするつもりだ?」
「このままだと風邪引きますから。さあ」
クラドーは怪訝な表情で頭を差し出した。エレナはほかほかの布で彼の凍ったたてがみや翼を拭く。彼は気持ち良さそうな顔をした。
「吾輩の体調を気にかけるとは。まるで我が友のようだな」
「クラドーさんのお友達は、どんな方なんですか?」
「正義感が強く、賢く、気高い女だ。吾輩の一族を命懸けで守り、救ってくれた。友には返しきれんほどの恩がある」
彼の口調が一転して穏やかになる。友に対する親愛と尊敬の念が言葉から滲み出ていた。
種族が違っても、友達を想う気持ちは、みんな同じなんだな。
エレナはにっこり笑って相槌を打った。
「素敵なお友達ですね」
「そうであるな。ところでお主の仲間とやらは、どんな人間なのだ?」
「ユーティスさんは、すごい魔法使いで温かい人です。困ってる人を放っておけなくて、思いやりにあふれてて。いつも誰かのために、頑張ってる人です」
「そんな人間も居るのか。どうにも信じられんな」
「クラドーさんは、人間が嫌いですか?」
「ああ、そうだ」
「でも私は、あなたのこと、全然嫌いじゃないです」
少し間があってから、クラドーは低い声色で呟いた。
「ふん。戯言だな。人間はいつもそうだ。優しい言葉を吐きながら、簡単に我らを傷付け、裏切る」
クラドーは悲しそうな瞳をして遠くを眺めた。
彼の過去に、一体何があったのだろう。人間は竜族に、どんな酷い仕打ちをしてしまったのだろう。
疑問に思うものの、その傷の深さを感じ、エレナは何も聞くことが出来なかったのだった。