乱入
「昔は居たのですが、今は」
優しげな雰囲気の中年の牧師は、辛そうに言葉を濁した。村人たちの表情が一瞬にして暗いものになる。エレナは目を伏せ、木の器を持っていた両手に力を込めた。
メルフはそうでしたか、とだけ言って、それ以上は追及しなかった。過去に何かがあったことを察したのだろう。
「それより、メルフ様のお話を聞かせてください。皆、あなたのことを知りたがっておりますので」
気まずい雰囲気の中、村長が明るい調子で話しかけた。重い空気を変えようとしているのが、エレナにはすぐ分かった。
「こんなしがない魔法使いに興味を持ってもらえるとは、光栄ですね。詳しくはお話出来ないのですが、私は古書や遺跡を求め、色んな場所を旅しているのです」
「へえ! そんな小難しいもの探してんのかよ! あんた学者にでもなろうってのか?」
親方が肉を頬張りながら尋ねた。
「いえ、そういうわけでは。ただ、色々と調べたいことがあるのです。もしそういった物をご存知でしたら、私に教えてくださいませんか?」
「うーん、そうですねぇ。遺跡は分かりませんが、古書なら我が教会に何冊か保管されています。よろしければお見せしましょうか?」
「構いませんか? それは助かります。では食事が終わりましたら、すぐ教会にうかがいますね」
メルフは満面の笑みを牧師に向けた。美男子が更に眩しい。彼の近くに座っている女性たちは、ほうと溜め息をついて、うっとりしている。エレナも密かにどきどきしていた。
彼へ釘付けになっていると「見つけたぞ!」と急にエレナの後ろから声が響いた。
びっくりして、危うくパンがのどに詰まりそうになる。メルフたちの話を聞くのに夢中で、彼に追われていたことをすっかり忘れていたのだ。
「あ、アストラ」
「エレナ! お前、こんな所に居やがったのか!」
彼は酷く怒っているように見えた。自分の探していた人物が、のんきに宴に参加していたのだ。そうなるのも当然かもしれない。
村人たちは二人の様子を見て、何事かとざわついている。アストラはずんずん足音をたて、エレナに詰め寄った。
「お前、何で逃げるんだよ! ちゃんと話聞けよ!」
「話したって無駄でしょ。どうせ反対するんだから」
「反対するに決まってんだろ! 無謀なんだよ、お前は!」
「どうしてよ? そんなに魔法使いを目指すのがいけないこと?」
「お前には無理だって言ってんだろ! 弱いくせに危ない真似ばっかすんなよ!」
その言葉に、エレナはかっとなって声を荒げようとした。だがそれはすぐに遮られる。
「ちょっとよろしいですか?」とメルフが手を上げ、アストラに声をかけたからだ。皆の視線が彼に注がれた。
「確かに、魔法使いになるのは難しい。たくさんの魔力があっても、それを使いこなせる者は一握りです。しかし彼女は一度魔法を成功させています。無理だと決めつけてしまうのは、少々早いのではないでしょうか?」
「は? 何だ偉そうに! あんたがエレナの言ってた魔法使いだな? この村に何の目的で来た? どっかの王国の回し者か?」
アストラはメルフを睨み、掴みかかりそうな勢いで近付いた。