序幕
今からはるか昔。恐ろしい闇魔法の力によって『邪悪な者』が生まれた。
美しさと、神に等しき力を持つその者は、『魔王』と呼ぶにふさわしい存在であった。
豊かな緑も城も町も、空より降り注ぐ無数の火の玉によって、なすすべなく紅蓮に染まり、たくさんの命が危機にさらされた。
『世界は無に帰される』
人々は絶望し、抵抗を諦め、滅びの未来を覚悟した。しかし残虐なる魔王は、たった一人の強き魔法使いによって、見事に消し去られたのである。
後にその者は、この世を平和に導いた救世主として広く語り継がれることとなる。魔法使い最高位である、『大賢者』という称号と共に──。
細い三日月の浮かぶ夜。
森にたたずむ廃れた屋敷の一室にて、埃を被った本を読みあさる者が居た。闇色のローブを身に付けた男だ。
彼の前にそびえ立つ巨大な本棚には、魔法書と古い文献が並び、床には動物や人間の骨がいくつも無造作に転がっている。
辺りは薄暗く、机に置かれたランプの光がなければ、何も見えない。部屋は不気味なほど静かで、ページをめくる乾いた音だけが、延々と響いていた。
「見つけたぞ」
三つの石が描かれたページ。そこでようやく長い指が止まった。
記された古代文字を読み進め、人影は怪しく笑う。
その男は一冊の本を手に外へ出て、ためらいなく屋敷に魔法を放った。
炎が上がり、夜の森は煌々と明るくなる。
去り行く男の首筋には、黒い蛇の模様が照らし出されていた。彼が世界を揺るがす手がかりを掴んでしまったことを、今はまだ、誰も知らない──。




