第8層 『遠慮は要らない』
迷宮に入って来た冒険者の内の1人が単独で迷宮の奥へと進む。その姿を、鏡也はマスタールームから迷宮核を通して見ていた。
「1人だけ……偵察か?なら通路の変更は要らないな。右側の担当はレッドスライム達だ、頑張ってくれ」
既に迷宮の奥でスタンバっているレッドスライム達に、安全圏から声援を送る。
仲間達が命張ってる時に自分は自陣の奥にこもっているというのはなかなかに精神を抉るのだと言う事を俺は今日学んだ。
だが……俺は万が一にも死ぬ訳には行かない。スライムをかばって迷宮主が死んだら庇ったスライム諸共全員が巻き添えになってしまう……!
なんというジレンマ……!これが迷宮主に課せられた試練だと言うのか……!
『なんだこの迷宮お宝どころか何もねぇじゃんか。もしかしてただの洞窟だってのか?』
俺が苦悩している間にも盗賊の男はグングン奥へ進んで行く。
……そろそろ、だな。
『お、宝箱!ラッキーやっぱ迷宮だったのか』
何度目かの曲がり角に設置しておいた宝箱に、まんまと盗賊が食い付く。
何も無い一本道を延々と歩かされた末にようやく現れた宝箱を盗賊が嬉々として開けようとする。一応罠も警戒していたようだが……そんなものは全くの無駄だ。
宝箱自体にはなんの罠も仕掛けていないのだから。
むしろ、危険なのはその中身の方だ。
『おったからおったから〜♪……ってなんだこ……れッ!?』
ノリノリで宝箱を開けて中をのぞき込む盗賊だが、その中に入っていた不可解な物体に訝しげな表情になる。
そして、その瞬間を狙って宝箱の中に潜んでいたレッドスライムが盗賊の顔面に張り付いた。盗賊の顔面に張り付くや否やレッドスライムは『熱体』を発動する。
『ぎぃ!?ぐがぁぁッ!あぢぃ!がおがぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!』
顔面に超高温のレッドスライムを張り付けた盗賊がレッドスライムを引き剥がそうと顔面を掻き毟りながら狭い洞窟内を転げ回る。
「おぉぅ……」
なかなかにえげつない光景に鏡也の口から思わず声が漏れる。
見てるだけで痛そうなんてレベルの話ではない。アイロンの数倍はある温度のレッドスライムを顔面に張り付けているのだ。盗賊からしてみればまさに生き地獄だろう。
そのまましばらくのたうち回っていた盗賊だが、だんだんとその動きが鈍っていき、何度か小さな痙攣をした事を最後に動かなくなった。
その直後に、迷宮核を通してDPを得た感覚が流れ込んでくる。その感覚は俺が今目の前で起こったことから目をそらす事を許さない。間接的にとはいえ、人を殺したという事実は確かな質量を持って俺にのしかかってくる。
覚悟はしていたが……これが迷宮主をするという事、人類の敵になるという事。その重みに押し潰されないよう、俺は膝の上に乗っているわらびを優しく撫でて心を落ち着かせる。
わらびは種族的に戦闘には不向きな上、この迷宮唯一の回復役で万が一にも失う訳には行かない。なので今回はお留守番だ。
もちろん他のスライム達も簡単に死なせるつもりは無いがな。
「ふぅ……だいぶ落ち着いた」
わらびを撫でて心を落ち着かせた鏡也は再び迷宮内部を映すモニター(迷宮核の能力のひとつ)へ視線を向ける。
なかなか帰って来ない仲間を探しに来たのだろう。また1人迷宮の奥へとやって来た。だが、その侵入者の姿を捉えた瞬間、鏡也の表情が歪む。
「女の子……?しかもケモ耳と尻尾が生えてるだと?……もしかしなくても獣人ってやつだよな……」
この世界には元の世界にいなかった様な人間以外の“ヒト種”がいることは迷宮核から得た情報で知ってはいた。
ファンタジーによく登場する獣人やエルフ、ドワーフ等だ。
人間……この世界で言うところの人族以外はファンタジーの産物だった世界で生きてきた身として、本物の獣人と言うのはなかなかにインパクトが大きいが……
無論この獣人の少女が武装し、迷宮を攻略せんとする冒険者ならば鏡也は心を鬼にしてスライム達をけしかけただろう。
例え相手が自分より年下(に見える)の少女であったとしても。
しかし、この少女はそうでは無かった。
光源の無いこの洞窟に明かりひとつ持たず、ぼろ切れの様な服とも呼べない服を身にまとい、壁に手を付きながら弱々しい足取りで奥へ進んで行くその姿は、どう見ても迷宮を攻略しようとする冒険者には見えない。
迷宮を攻略せんとする冒険者……スライム達の命を脅かす敵ならば日本人として培ってきたモラルに背いて非情に徹する事も出来ただろう。
ただ……弱りきり、衰弱しきった少女を一方的に蹂躙する事は出来そうに無かった。
迷宮核による侵入者への簡易鑑定で分かるのはせいぜい性別とステータス程度のものなので、この獣人の少女がどのような境遇なのかは分からない。
「どうしたものか……」
鏡也が判断しあぐねていると、その少女についに限界が訪れたのかドサリと崩れ落ちてしまう。
獣人の少女はそのままピクリともせず、起き上がる気配は無い。
「あーマジでどうすっかな……」
今なら確実に息の根を止める事は出来るだろう。
ただ、倒れて動かない相手にそこを狙うというのはなんというか……人としてダメな気がする。
繰り返し言うがこれが迷宮を攻略せんとする冒険者なら鏡也は心を鬼にして息の根を止める事を選んだだろう。
ただ、敵として向かって来るものには無慈悲になれても敵意の無い者……しかも気を失って倒れている者にまで手を出す事は鏡也の日本人的感性が許せない。
どうすっかな……やっぱこれしかねぇか……
「スライム達……行け」
悩みに悩みまくった結果鏡也が出した指示にスライム達は忠実に従う。気絶し、地面に倒れ伏す獣人の少女に、主の指示を受けた無数のスライム達が迫って行く。
仕方ないとは言えスライムの攻撃手段がエッグい……
スライムダンジョン!の方でもアイディアを募集します(スライムの種族や迷宮の罠など)
ぱっとした思い付きでもいいのでなにか思いついたらぜひ!