第10層 『しかもBADENDの方』
鏡也視点に戻ります
獣人の少女が眠っている部屋は、この獣人の少女を保護(確保?)するために緊急で新しく創った物だ。
俺が迷宮主として生活する分にはマスタールームがあれば十分だったのだが、さすがにベッドを置くほどのスペース的余裕が無いので創らざるをえなかったのだ。
実を言うと、俺はこの1週間の間に一切の飲み食いをしていないし、睡眠も取っていない。
理由としては、スライム達の訓練や迷宮の作成に忙しかったという事もあるし、訓練しているスライム達が可愛くていつまででも見ていられたというのもある。
さらに言えば不要な物はついつい省きがちになってしまうというのもある。これは分かる人は分かるんじゃないだろうか。
食事はともかく睡眠に関して言えば確かに布団の中でゴロゴロするのは至福のひとときだが、意識が無い間は当然だが何も出来ないし何も感じない。
無論、不要と言っても出来ない訳では無いし、肉体的疲労や精神的疲労なんかは睡眠を取った方が回復は早いだろう。とはいえこの一週間は睡眠の必要性がなかったので睡眠を取っていないという訳だ。
とまぁそんなこんなで寝室を必要としていなかったので、今まで創っていなかったのを、今回を期に創る事にしたのだ。
部屋の整備やらベッド一式やらで合計500DPを使ったが……今回の1件でDPはある程度は増えたのでこれくらいなら問題ない。
3人から取得したDPはそこそこだったが、彼等が持っていたオークの魔石を筆頭にいくつかあった魔物の素材や、彼等の装備などが結構なDPになった。
特に魔石が高価なのだが、どうやら自身の迷宮から生み出された迷宮種の魔石は迷宮核に吸収させられない様だ。
召喚して魔石にしてDPに変換してガッポガッポ……と言うようには行かないらしい。まぁ世の中そんな美味い話もないか。
ちなみにスライムには魔石が無いそうだ。というのも、魔石の言うものは体内の魔力の中心として魔力が結晶化した物らしい。
ただ、最弱の魔物であるスライムには結晶化出来るほどの魔力も無く、それで魔石がないのだとか。魔石は人間で言う心臓部に当たるため、大抵の魔物の弱点になっているので、魔石が無いのはスライムの数少ない他より勝っている点らしい。とはいえスライムが最弱の種族である事には変わりないが。
「さすがにまだ起きてはいないか……わらび、治療を頼めるか?」
ぷるるっ
俺が頼むと、わらびは早速『再生』による治療を開始する。
『再生』の特性上回復効果を他者に施す時は対象を飲み込まなければ行けないので、もし治療中に目を覚ました時に暴れられては困るので一応拘束させてもらっているが……
拘束された少女がスライムに飲み込まれてる状況って言葉だけなら相当いかがわしい状況だよな。オブラートに包まず言うならエロゲとかのワンシーンっぽい。しかもBADENDの方。
ぷるるんっ!
「お、終わったか」
これってモラル的にどうなんだ……?と自問自答しながら待つこと数分、わらびが無事治療を終えた様だ。さらには、わらびの優しさというか気遣いというか、『捕食』で彼女の汚れも取ってあげたらしく、最初にあった薄汚れた印象も無くなっている。
人体に付いた汚れを体内に吸収するのはどうなのかと最初は思ったが、スライムの『捕食』はあくまで『捕食』というスキルで、普通の食事とはまた別物らしい。
『捕食』は物質を吸収する事でHPやMPを回復するスキルであり、味や食感は感じないので、最悪スライムが包み込めるサイズであればゴミでも雑草でもなんでも構わないらしい。
シャワールームを創るくらいならそのDPを迷宮を創る費用に当てたかった俺は、最初こそブルースライムが『発水』で生み出した水で体などを拭いていたが、この『捕食』式洗浄を1度体感してからはもうずっとそれだ。
下手に風呂に入るよりも綺麗になってしかも洗浄中はスライムに囲まれていられるのだ。正に天国。
とはいえ俺も日本人。そろそろ風呂が恋しくなって来る。迷宮作成もひと段落した事だし風呂の作成も視野に入れていいかもな。
わらびの『捕食』式洗浄によって綺麗になった少女を改めてよく見てみると、透き通るような白銀の髪に同色の尻尾と耳が付いている。形状からして犬……あるいは狼だろうか?
生粋のモフラーである美桜が喜びそうな出で立ちだな。
そして、寝ているため瞳の色は分からないが、とても顔立ちが整っている事はハッキリと分かる。紛うことなき美少女だ。
ただ、美しい容姿に反して身につけている物はみすぼらしい物だった。服とも呼べないようなぼろ切れ1枚を身にまとい、首には無骨な金属製の首輪が付けられている。
治療中の安全確保のために両手足には枷をつけて鎖でベッドの両端に繋がせてもらっているが(安価で購入できる拘束具がこれしか無かったのだ。間違っても変態趣味とかではない)この首輪は元々付いていたものだ。
こんな可愛い子がなぜこんな扱いを受けていたのか……
迷宮に入って来た時も相当衰弱していたし、何か訳アリっぽいな。
「うぅ……うん?」
そんな事を考えていると、獣人の少女が目を覚ます。目を擦り、起き上がろうとして……そこでようやく自分が拘束されている事に気が付いたようだ。
と、そこで俺は自身の配慮不足気気が付いた。
迷宮で倒れ、目を覚ましたと思ったら拘束されていて、目の前には魔物を連れた男がいる。その恐怖は如何ほどの物か。
俺には分からないが、とりあえず少女の顔がわかりやすく恐怖に歪んでいくのがよくわかったのだ。
「俺はこの迷宮の迷宮主の……あっ、ちょっと待って。俺は怪しいものじゃ……いや、迷宮主って言ってる時点で十分怪しく見えるかもしれないけど君に危害を加える気は無いから!」
少女が何かを言う前に(恐らく悲鳴)慌てて捲し立てる。そして言ってから気が付いたが、俺が使っている言語は間違いなく日本語だ。
異世界人である彼女に通じるのか……?
しかしその心配は杞憂だった様だ。
「だ、迷宮主……!?それに……こ、ここはどこなんですか……?」
たまたま言語が全く同じだったのか、はたまた別の要因か、少なくとも俺が彼女の話している言葉を理解出来る。
「ここは迷宮の奥だ。君が倒れていたのを見つけて運んできた。あぁ、拘束についてはすまん。勘弁してくれ。君が随分弱っていたようなので治療させてもらったんだが、治療中に目を覚まして暴れられても困るからな、念のために拘束させてもらった」
とりあえず不審者はともかく変態の誹りを受ける前に捲し立てる。
「そう……なんですか」
よかった。一応言葉は通じるらしい。
さらに言うなら変態の誹りを受ける事も免れたようだ。
異世界人とのファーストコンタクトが変態認定からというのはさすがに精神的に来るものがある。
「あなたは回復魔法を使えるのですか?」
「回復魔法……?あぁ、まぁそんな感じだ」
あっぶね、ボロが出るところだった。
さすがにこの少女に先程のわらびによる治療風景を説明する訳にはいかない。なかなかに絵面がアレだったかなら……
「その……私の他にも何人かいたと思うんですが……その人達は……?」
「…………」
少女が言っているのはあの冒険者達の事だろう。
彼等はもういない……というか俺が殺した。まぁ面と向かって告げるのも厳しいので、目を伏せゆっくりと首を横に振る。
すると、一瞬少女の顔がほっとしたような、何か辛いものから解放されたような安堵した表情になった……気がしたが、直ぐにまた不安げな顔に戻ってしまう。
「それに、そのスライムは……そもそもあなたは誰なんですか?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺は日向鏡也。そんでこいつ等は俺の家族も同然のスライム達で……あーなんだ、使い魔?ってヤツだ」
この世界に使い魔がいるのかは知らないがとりあえずはそう説明するしかない。こいつ等はこの迷宮の迷宮種だ、なんて言っても必要以上にビビらせるだからな。
同じ魔物でも使い魔と迷宮種では随分と印象が変わるだろう。
「ヒムカイ、キョウヤ……変わった名前ですね。あっ、私はシャルフィールと言います。助けて頂いて本当にありがとうございました」
変わった……?この世界では俺の名前は変わった名前に入るのだろうか?うーん……今まで変わった名前なんて言われた事ないからな……分かんねぇや。
鏡也が心の中で首を捻っていると、シャルフィールが少し言いづらそうに口ごもってから意を決した用に口を開く。
「それにしても……キョウヤさんはなんでスライムなんかを連れているんですか……?」
「あ?スライム“なんか”……?なに?お前もスライムをバカにするタイプの人種なのか?」
「ひっ!す、すいません……!そんなつもりは……」
やべ、つい声が威圧的になってしまった。
この世界ではスライムは最弱の魔物との呼び声高く、事実そのステータスは最弱なのでこの世界の人にとってはそういう反応になるのも仕方ない事だろう。分かってはいた事だ。
「すま……」
きゅるるぅ〜〜
とりあえず、思わず威圧的な言い方になってしまった事を謝ろうと口を開いたタイミングで、シャルフィールのお腹から可愛らしい音が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。状況を理解しているのかスライム達もぷるぷるが大人しくなっている。
「あーえーっと……うん。そうだよな、腹減ってるよな。とりあえずなんか持ってくるから待っててくれ」
「あっ、えっと……」
「大丈夫大丈夫、何も聞いてないから。
あぁそうだ、拘束さ、煩わしいとは思うけど……こっちも背を向けた瞬間襲われでもしたらたまったもんじゃないからさ。ちょっと我慢してくれ」
そう言って俺は半ば逃げる様にシャルフィールがいる部屋を後にする。
さすがにこれは気まずいって……向こうも向こうで状況を整理したいだろうし、とりあえず10分くらい間を置こう。うん、それがいい。
スライムダンジョン!の方でもアイディアを募集します(スライムの種族や迷宮の罠など)
ぱっと思い付いたものでもいいのでなにか思いついたらぜひ!