第9.5層 『冒険者視点』
今回は時を少し遡り、迷宮にやってきた冒険者達の視点でお送りします
「おいおい。ちょうど良さそうな休憩場所を見つけたと思っている入ってみれば……こんな洞窟があるなんて聞いてないぞ?」
「確かにギルドでもこんな場所に洞窟があるなんて話は聞かなかったな。そもそも2週間前にここに来た時はこの洞穴自体無かった気がするが……」
「んー?ってーとここはアレか?迷宮……しかも出来たてホヤホヤのちょー美味しい時期って事か?」
洞穴の奥へと続く道の前で声をあげた腰に剣を挿したスキンヘッドの男の言葉に、ローブを着込み杖を持った魔術師の男が小さく首を捻る。
魔術師が記憶を探っていると、軽装備で腰に短剣を挿した小柄な盗賊の男が興奮気味に奥の道へ視線を向ける。
迷宮といえばいつの間にか魔物や罠、そしてお宝が湧いてでるという謎の空間だ。小規模の物なら金庫兼兵士の訓練施設として国に管理され、大規模な物には一攫千金を夢見る冒険者達がなだれ込む。
冒険者……特に男ならば迷宮と聞いて心踊らない者はいないだろう。さらに出来たてと来た。
迷宮は出現してから時間が経つほど強力な魔物や凶悪な罠で溢れるという。もちろんそれに比例して出現する宝も素晴らしい物になって行くのだが……そんな迷宮に行くなんて命がいくつあっても足りない。
それよりも狙うのは若い迷宮だ。特に出来たばかりの迷宮は魔物も罠も貧相なくせに宝だけは豪華な事も多いらしい。
そんな宝の山が目の前にあるのだ。盗賊のテンションの上がりようも仕方が無いというものだろう。
ちなみに、彼等はオーク討伐の依頼を受けてこの森にやってきた冒険者達である。既にオーク討伐を終えた帰り道にたまたまこの洞穴を見つけ入ってきたのだ。
オークと言えば別名中堅への壁と呼ばれる魔物で、真正面から挑んで1対1で倒せれば晴れて中堅の仲間入りとされている、そこそこ危険な魔物だ。
それをパーティでとはいえ討伐出来るのだから、彼等はある程度の実力はあるのだろう。
だからこそだろうか。1度ギルドに戻って報告するという堅実な策を取らず、自分達だけで出現したばかりの迷宮に入るという得る物が大きい行動を選んだのは。
「これが出来たての迷宮なら行かない手は無いっしょ!んじゃまずは盗賊の俺が偵察に行ってきてやんよ!」
そういうや否やスキンヘッドの男を押しのけて洞窟の先に進んでいってしまう盗賊。もちろん偵察など方弁で、先にお宝を見つけてネコババしようというせこい魂胆である。
スキンヘッドの男も魔術師ももちろんそれは分かっていたが、かといって盗賊を押しのけて進んでいって万が一の事があったら全てが無駄になる。
なら盗賊に多少の美味しい思いをさせてでも安全を確保しようとそう考えたのだが……盗賊の男はいつまで経っても帰ってこない。
「ちっ、偵察ごときにいつまでかかってるんだよアイツは」
さすがに痺れを切らしたスキンヘッドの男は少し後ろに立っていたもう1人の腕を引っ張り、無理矢理奥へと続く道へ突き飛ばす。
「おい、クソ犬!アイツを探してこい!」
大の大人……それもオークを狩れる様な冒険者に突き飛ばされた獣の耳と尻尾を生やした少女は足をもつれさせて地面に倒れ込んでしまう。
しかしスキンヘッドの男が「なにグズグズしてんだ!とっとと行ってこい!」と怒鳴ると、ビクッと怯えるように体を震わせ慌てて立ち上がる。そしてそのまま明かりのひとつも持たされずに洞窟の奥へと弱々しい足取りで歩き出す。
「クソッ。獣人……しかも奴隷の分際で人間様の手を煩わせてんじゃねぇよ」
その背中を睨み付けながらスキンヘッドの男は忌々しげに吐き捨てる。1人で危険地帯に向かう少女を見る男の瞳には明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。
少女の姿が迷宮の闇に飲み込まれ、見えなくなるとスキンヘッドの男は手頃な岩にドカッと腰を下ろし懐から取り出した 干し肉を頬張り始めた。
汚らしくクッチャクッチャと音を立てながら干し肉を食べるスキンヘッドの男。
その姿を見て、皮袋の水筒で喉を潤していた魔術師が迷宮の奥へと続く通路へのチラリと目を向けると、ククッと小さく嗤った。
「お前も酷い奴だな。盗賊のアイツが帰ってきてないって事はその程度には危険って事だろ?」
「けっ、言ってろ。アイツが帰って来ねぇからって生まれたばかりの迷宮にゃそこまで強え魔物も凶悪な罠もある訳ねぇ。どうせネコババに忙し過ぎて帰って来ないだけだ」
「そうか、それくらい美味い迷宮って事か」
「そういうこった。それにあのクソ犬にも行かせたんだ、あんなクズでもなんかありゃ悲鳴くらい上げられんだろ」
そこまで話した所で1度会話が止まる。もう一口肉を頬張り、水筒の水を呷る。
しばらくそのまま無言でいた2人だったが、沈黙を破ったのはやはり魔術師だった。
「で?そのお前の奴隷も帰って来ないんだが?しかもとくに悲鳴とかも聞こえてこないぞ?」
「わぁってるよ、んなこたぁ!」
魔術師の小馬鹿にしたような声色と目線にスキンヘッドの男は苛立たしげに怒鳴り散らすと、勢いよく立ち上がる。そしてそのまま迷宮の奥へと向かって歩き出す。
「もういい!行くぞ!」
「ギルドに報告は?」
「する訳ねぇだろ!んな事したらせっかく見つけた迷宮が他の奴等に食い荒らされちまう!」
「それもそうか」
そう言うと魔術師はグングンと進んでいくスキンヘッドの男の後を追って迷宮の奥へと足を踏み入れた。
誰もいなくなった入口で何かが蠢き始めた事に、所詮は出来たばかりの迷宮だと油断し、更には苛立ちによって冷静さを欠いている彼等は気付かない。気付けない。
◇◇◇◇
「ちっ、奥は結構暗いじゃねぇか。さっきのとこはまだ外の光が入って来るから明るかったが……おい!明かりを消すなよ!」
「分かってるよ。そんなに言うならお前が持ったらどうだ?」
「松明なんか持ってたら戦える訳ねぇだろ。どうせ魔術師のお前は前に出ないんだ。お前が持ってろ」
「はいはい、冗談に決まってるだろ?」
悪態を付きながら進むスキンヘッドの男の後を魔術師はため息を付きながらついて行く。多少曲がりくねっていたとはいえ今の所は一本道を真っ直ぐ進んでいる。しかし盗賊や奴隷の痕跡は未だ見つから無い。
「おい、この迷宮……ちょっと妙じゃないか?」
「妙?何がだ?」
「迷宮という割には宝はおろか魔物や罠、それどころか分かれ道すらない。さすがに少しおかしくないか?」
「けっ、そんなんアイツが解除したりちょろまかしたりしてるだけだろ。魔物が少ないのも簡単な作りなのも若い迷宮の特徴だろ?」
少し異変を感じている魔術師の言葉に、聞く耳を持たないスキンヘッドの男。どうやら散々待たされた事に相当腹を立てているようだ。
「とにかく1度戻ってギルドに……」
魔術師がそこまで言った時だった。
ジュッ……と頼りない音を立てて松明の火が掻き消える。唯一の光源である松明の火が消えれば、辺りは当然闇に閉ざされる事になる。
「おいテメェ!なに松明消してんだ!」
突然明かりが消えた事に先程から苛立っていたスキンヘッドの男の怒りは爆発し、松明を持っていた魔術師に怒鳴りかかる。
「いや、待ってくれ。俺は消してない!」
「実際問題消えてんだよ!」
「だから違うんだって!急に火が消え……ん?」
反論の途中で魔術師の言葉が不自然に途切れる。
「あ?どうしたんだよ」
「上から水滴が……ぶぼっ!?」
スキンヘッドの男の問いへの返事はまたしても不自然に途切れる。
しかし、先程が何か気になる事があってふと言葉が途切れた様な感じだったのに対し、今回は明らかに何者かによって強制的に中断させられた声の途切れ方だ。
「どうした!?」
『ぶぼぼっ!ばぶっ!ばぶべ……』
「なんだ!?何が起こってやがる!?」
スキンヘッドの男の耳には、魔術師の声は何故かくぐもって聞こえる。
そう、まるで水中にいるかのように。
暗闇に閉ざされ、何も見えないスキンヘッドの男の耳にカランッと杖を投げ捨てる音が聞こえたと思ったら、直後にはドサッと魔術師が倒れ込む音が聞こえる。
足元からは魔術師のもがき苦しむ声が聞こえていたが、やがてそれも聞こえなくなった。何も見えない暗闇の中で起こった異常事態にスキンヘッドの男は壁を背に武器を構える。
「クソッ!なんなんだよ!出現したばかりの若い迷宮じゃねぇのかよ!」
忍び寄る恐怖を振り払うように怒鳴り散らすスキンヘッドの男の足に、ひたり……と何かが触れる。
「ひぃっ!クソがッ!」
咄嗟に足に触れたソレを蹴り飛ばすと、スキンヘッドの男は記憶を頼りに元来た道を引き返す。1歩先も見えないような暗闇の中、絶妙に曲がりくねった通路を走るのは生半可なことでは無い。何度も壁にぶつかりながらスキンヘッドの男は走り続ける。
そして……
「はぁ!?なんで、なんで行き止まりなんだよ!?」
スキンヘッドの男は有り得ないとばかりに喚き散らす。
元来た道を走って戻ったはずだ。なのになんで出口が無い?
道を間違えた?今の今まで分かれ道ひとつ無い一本道だったはずだ。
出現したばかりの美味い迷宮を見つけたはずなのに、偵察に出た仲間は消え、確認に行かせた奴隷も消えた。痺れを切らして乗り込んで見れば、訳の分からない現象に襲われて仲間が死んだ。逃げ出そうと一本道を逆走すれば出口が無い。
理解の追い付かない、訳の分からない現象の連続にスキンヘッドの男は半狂乱で壁を殴りつける。
「なんなんだよ!なんなんだよこれはッ!?どういうッ!?」
半狂乱で荒れ狂い、喚き散らしていたスキンヘッドの男の足元の地面が突如として消える。
落とし穴ーーそうスキンヘッドの男が気付いた時にはもう遅い。
重力に導かれるままにスキンヘッドの男は落ちていく。
どぷんっ!
そのまま落ちていくスキンヘッドの男を何かが受け止めた。程よく弾力のあるソレに受け止められたスキンヘッドは、本来あるべき高所落下のダメージを全く受けずに落とし穴の底へと到達した。
「助かっ……た?」
だからスキンヘッドの男がほっとしたのもしょうがない事なのだろう。例えそんな余裕が無いとしても、それはしょうがない事だったのだ。
ずぷり。スキンヘッドの男の体が受け止めてくれたソレに沈みこんで行く。
「なっ!?ヤバッ……!」
今更ながらこれは罠であり、自分はそれにまんまとハマった被害者である事を思い出したスキンヘッドの男は、沈みこんでいく体をなんとか持ち上げようともがくが、奮闘虚しく少しずつ飲み込まれて行く。
そして、ついにソレが牙を剥く。
「いっ!ぐぁぁァァァッ!!い゛ッ!いでぇ!な゛んだごれ゛!?ぜんじんがいでぇッ!」
ずぷりずぷりとスキンヘッドの男は飲み込まれていく。絡み付く様に蠢くソレは、ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて哀れな男の体を溶かし尽くす。
果たしてそれはどれほどの苦しみなのか。スキンヘッドの男があげるその悲鳴は、溢れんばかりの苦しみと絶望に満たされていた。
……うん。この迷宮エグい(確信)
スライムダンジョン!の方でもアイディアを募集します(スライムの種族や迷宮の罠など)
ぱっとした思い付きでもいいのでなにか思いついたらぜひ!