第9層 『まだ俺は』
「これで……これでよかったはずだ」
大丈夫。きっとこの答えは間違っていない。
わらびを撫でながら自分にそう言い聞かせていると、盗賊と獣人の少女のどちらも帰って来ない事に苛立った様子の2人も迷宮の奥へ入って来た。
「……よし。切り替えて行こう。擬態部隊は行動開始。分かれ道は通路を右から左に変更。退路担当はあの2人が分かれ道を通過したら行動開始」
俺の指示に従って数少ない『擬態』持ちのスライム達が動き始める。
1体のスライムが他のスライムと『合体』し、体積を増やした『擬態』持ち巨大スライムが先程盗賊が右に曲がった通路を覆うようにして体を広げ、『擬態』で岩肌に擬態する。
左の通路を『擬態』して覆っていたスライム達が右に移動した事により、先程まで右に曲がる通路だった場所が、左に曲がる通路に早変わりする。
これが『擬態』を活かしたスライム達の手札のひとつ。“偽りの一本道”だ。
本来ならこの通路は右、中央、左の3方向に進めるようになっているのだが、『擬態』持ちのスライム達が壁に擬態して道を塞ぐことであたかも一本道であるかのように見せることが出来るのだ。
まだ『擬態』のレベルは低く、よく見れば所々違和感があるとはいえ、迷宮内は光源を設置しいてないため常に暗闇に閉ざされている。
例え松明やらランプやらで光源を確保しても、その狭い明かりだけでは他の壁を調べて違和感に気付く事は不可能に近いだろう。
さらにはこれまでの一本道も絶妙に曲がりくねらせているため、この場所の違和感にピンポイントで気付く事も無いと思われる。
現に盗賊は全く気付いていなかった。獣人少女はその分かれ道に辿り着く前に倒れてしまったので、参考に出来るのが盗賊しかいないが……偵察として出てきたからには1番目敏いのは盗賊だっただろう。その盗賊が気付かなかったのだから他の奴が気付く事は無いはずだ。
案の定スキンヘッドの男と魔術師風の男は偽壁に気付く事無く左に曲がっている。
彼等が分かれ道を超えた少し後で背後に隠れていた別の擬態部隊が退路の道も擬態による偽壁で塞ぐ。
この迷宮の通路はしつこいくらいにくねらせているので、マッピングしていたり全ての道順を記憶でもしていない限り気付く事は無いだろう。
「そろそろブルースライムのいる地点に到達するな」
ブルースライムがまず狙うのは松明だ。
訓練の過程で『発水』で生み出した水を飛ばす事が出来るようになったブルースライムは新たに『放水』というスキルを手に入れている。
読んで字のごとく水を放つだけのスキルで攻撃力は無いに等しいが、それでも松明の火を消すぐらいなんて事はない。
見事に『放水』は命中し、連中の唯一の光源である松明の火が消え失せる。
突然明かりが消えた事に慌てふためく2人にブルースライムは次の手を打つ。魔術師の頭上に『発水』で生み出した水を少量垂らしたのだ。
頭上から降ってきた水滴に気を取られ、魔術師が上を向いた瞬間、その顔目がけてブルースライムが飛びかかる。
窒息死狙いの顔面張り付きだ。しかも『発水』で口内(あわよくば肺)に水を注ぎ込むおまけ付き。なんともえげつない攻撃である。
これは、レッドスライムもそうだがスライムは基本的にステータスが悲しいくらい低いので直接攻撃がほぼ意味をなさない。そのため有効打を与えようとしたら顔面に張り付いての窒息攻撃か数の暴力による圧殺しかない。
そのため、どうしても絵面が恐ろしい事になってしまうのだ。ただ……レッドスライムやブルースライムの攻撃方法はアシッドスライムのアレに比べたら全然マシだろう。
そうこうしている内に魔術師に限界が訪れた様だ。杖を投げ出して地面に倒れ込みつつ顔に張り付いたブルースライムを剥がそうと必死になっている。
だが、顔に張り付いた不定形のスライムを引き剥がす事など容易なことではない。引き剥がすために掴もうにも水を掴もうとする様なものだ。
そのまま魔術師も盗賊と同じ様にピクピクと痙攣してから動かなくなった。スライムによる顔面への不意打ち張り付き……なかなかに凶悪な技の様だ。
「あっ!あのハゲブルースライム蹴飛ばしやがった!」
迷宮核のモニターにはブルースライムを蹴飛ばして来た道を引き返すスキンヘッドの姿が。
「こはく達のアレは凶悪過ぎるから人間相手には止めようかと思ったが……俺の可愛いスライムを蹴飛ばしたとなっちゃもう容赦しねぇ!やっちまえ!」
少し前まで人を殺す重みとか言っていた人物の言動とは思えない凶悪な宣言がマスタールームに響き渡る。
膝の上で仲間が足蹴にされた事で怒りに震えていた(物理的に)わらびもより一層ぷるるんっ!と震える。
わらびは『再生』を活かしたスライム達のお医者さんだったからか、人一倍(スライム一倍?)他のスライム達への思い入れが強いのだ。
「こはく。遠慮は要らない。本気で殺れ」
ぷるるんっ!
モニターの中ではちょうどスキンヘッドが擬態部隊の偽壁にまんまと騙されて行き止まりになっている真ん中の道に誘導されている。
そして行き止まりに行く手を阻まれたスキンヘッドは、パニックになったようだ。まぁ一本道を引き返したら行き止まりになっているのだから気持ちは分からなくもないが……
厳ついおっさんが半狂乱になりながら壁を叩きまくっている姿はなかなかに滑稽だ。
そしてついにこの迷宮最凶の罠が発動する。
まず初めにスキンヘッドの足元の地面が突如として消滅する。
正確に言えば地面に擬態していたスライムリーダーが擬態を解いたのだ。
スライム達の中で最も『変形』そして『擬態』のレベルが高いスライムリーダーならば、武装した人間1人くらいなら余裕で支えられる程しっかりと地面に擬態できる。
落ちたのはアシッドスライム達が丹精込めて掘った深さ30mの落とし穴だ。さらにはDPを使って側面を平らに舗装して取っ掛かりを無くしているので、空でも飛べない限り万が一にも獲物が落とし穴から逃げ遂せる事は無い。
もちろんただ落とし穴に落とすだけで終わる訳はない。何度でも言うがこの落とし穴は我が迷宮最凶の罠なのだ。
落ちた穴の底に待機しているのは他のアシッドスライムと『合体』した巨大なこはく。
降ってきたスキンヘッドを受け止めると、ゆっくりと飲み込みながら『溶解』で溶かして行く。アシッドスライムも例によってステータスは貧弱なので、確実に敵を屠るとなると『溶解』に頼る他ない。
そしてその『溶解』が人に使うにはちょっと危険すぎると言うだけの話。
とはいえ……ゆっくりとじわじわ溶かされて行くスキンヘッドの姿を見ていると、さすがに同情心が湧き上がってくる。
「うっへぇ……やっぱエグイな、この罠」
こはく達はなんて恐ろしい罠を考え出したんだ……
まだ日本人的感性に囚われている俺だけならとても思い付かないし、思い付いたとしても形にしようとは思わなかっただろう。
顔面に物理的に焼きを入れられた盗賊や肺や胃に水を強制的に注ぎ込まれた魔術師もなかなか壮絶な最期だとは思うが、体の端からゆっくり溶かされて行ったスキンヘッドにはさすがに勝てないだろう。
「あーうん。とりあえずめぼしい物も何も無いし死体含めて全部DPに変換してっと」
変換作業を終えてモニターを閉じ、わらびを抱き上げて立ち上がる。
「さて、後はこの冒険者達の失踪とこの洞窟が結び付けられるまでにどれだけかかるか……だな」
それまでにもっと戦えるように戦力を整えておかないと。とはいえ今回の戦いで人間相手の実戦経験は積めた。迷宮主になった影響かは分からないが、いざと言う時に躊躇うような事は無かった。
俺は人間相手でも戦える。それがいいのか悪いのかは分からないが……とりあえずは人間相手でも戦える事が分かっだけで良しとするか。
「まぁ、実際に戦ってるのはスライム達なんだけどな」と冗談めかして付け加えると、鏡也はわらびの他に帰還したこはくとレッドスライム、ブルースライムを連れてマスタールームの隣に増設した部屋へ続く扉へと向かって行く。
その先ではスライム達に命じて回収したあの獣人の少女が眠っている。とりあえずは対話を試みるつもりだ。
もしかして獣人の少女も殺すとでも思ってたか?敵対者ならともかく弱り切った冒険者でも無い少女を一方的に殺せる程まだ俺は日本人的感性を捨てちゃいない。
……まだ、な。
「目が覚めた時にあの娘がどう出るか……いきなり襲いかかって来ない事を祈ろう」
そう呟いて、鏡也は獣人の少女が眠っている部屋の扉を開けた。
スライムダンジョン!の方でもアイディアを募集します(スライムの種族や迷宮の罠など)
ぱっと思い付いたものでもいいのでなにか思いついたらぜひ!




