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壮大に何も始まらない男の話

作者: 夕凪

「本当に行くのか」

「ああ」

「本気なのか……。その目、覚悟はできているのか?」

「ああ」


 その朝、とある男は旅立ちを決意した。ついに立ち上がったのだ。自分がやらねば誰がやる。やらねばそのうち代わりの誰かがやるだろうがとにかく決意をした。

 やってやると。目にもの見せてやるぞと。


「ならば、止めるわけにもいくまい。行け、思う存分暴れて来るがいい!」

「ああ」


 今の男は誰だったか。一切見覚えはなかったが、とにもかくにも熱い男だった。なぜ自分の家に居て勝手に飯を食っているのか。それはわからないがとにかくやるしかない。

 男は家から出た。この村中を探してもやはりやれる男は自分しか居ない。とりあえずはご近所に挨拶をして回ろうと男は思った。

 ちょうど井戸端会議のように村人たちが集まって何か話をしている。一軒一軒回らなくても良い。男にはそれは好都合だった。


「おう、朝からどうした? いつもなら寝ている時間じゃないか」

「ちょっと一仕事を、な」

「ま、まさかとは思うが……!?」

「ああ」


「そうか、そういうことならこれを持っていくがよい。あとは任せたぞ」

「ああ」


「この時が来たようだな。俺と握手をしてくれ」

「断る」


「おじさん、絶対帰ってきてね! 帰ってきたらまた遊んでね!」

「ああ」


「祈りを捧げます……。それは長き道のりとなるでしょう、あなたが無事でいられますよう」

「ああ」



 村人達と別れると、男は先程手渡された包みを確認していた。それは生暖かい小麦粉だった。流れるようにその場で捨てた。やはり自分がやるしかないようだ。

 そういえばさっきの集団には居なかった村人が言っていた。



「武器や防具は持っているだけでは意味がないぞ!」


 それではない。


「聖剣を持っていくといい。お前になら引き抜ける筈だ、自分を信じろ!」



 聖剣が刺さっているという祠を男は目指す。1メートルおきに看板が立っていたのですぐにわかった。

 やるしかない、やるしかないと心の中で繰り返すと男の『やるしかないレベル』が上がった。ついにこれで晴れてレベル3となったのだ。


 祠につくと男は驚愕した。聖剣はエクスカリバーだった。だがそれでもやるしかない時が男にはある。

 剣柄に手を掛け力を込める。聖剣のグレードの高さには若干引きつつも男は見事、それを引き抜くことに成功したのだ。


「おめでとうございます! 祝☆エクスカリバー引き抜き記念! 今のお気持ちを一言!」


 何かの声がしていたのだが男は無視して祠を後にする。今はそれどころではない。そう、自分はやるしかないのだから。

 ついに聖剣を手に入れた。これはすでにやれるレベルに達しているのではと、男はそのように自己評価をした。


 そういえば昨日見た夢で見たこともない村人が言っていた。



「この先には何もない、引き返せ。どうなっても知らんぞ!」


 それではない。


「聖なる力が込められた盾、鎧、兜があれば多い日も安心♪」



 それらを手にすればまた、滞りなくやれるのではないかと男は考えた。だがどこにあるのかはわからなかった。

 男は近くの町の武器屋でそれらしき三点セットが売っていたので迷わず購入した。明らかに偽物のような気はしたが迷わなければ、間違いなく十全にやれるはずだと男は確信していた。



 男は先を目指す。山を越え、海を泳ぎ、果ては川で激流に巻き込まれそのまま流されていった。

――その後、男の姿を見た者は誰一人として居ない。


 この世界には魔王などはいない。民の命を脅かすような倒すべきものなどは初めから存在していないのだ。

 いつものように日が昇り風が吹き、生命の息吹さえも感じられる。それは実に平和な世界であった。

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